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朝鮮戦争論 ブルース・カミングス著

凄惨な「内戦」、歴史的文脈で解釈

本書は通常の朝鮮戦争史ではない。専門的にいえば「解釈史」とでもいえようか。この戦争の基本的展開や概要を語るのではなく、内戦という基本的性格を強調しながら、より広く長い歴史的文脈において朝鮮戦争を理解しようとする試みである。

著者によれば、朝鮮戦争は「忘れられた、あるいは一度として知られたことのない戦争」である。朝鮮戦争の歴史的意義についても、これまでの理解は浅かった。20世紀に起きた戦争のなかで、朝鮮戦争はもっとも破壊的な戦争であった。推定300万人の韓国・朝鮮人がこの戦争で命を失い、しかも少なくとも半数は民間人であった。

この戦争は、日本の復興と工業化を支援した。とりわけ重要なのは、国防費を従来の4倍に増やし、アメリカが今日の「世界の警察官」となったのは、第二次世界大戦ではなく朝鮮戦争であったという点である。

本書では、戦時においてきわめて残虐な行為が、北朝鮮によるよりも、むしろ韓国側およびアメリカ軍によってより大規模かつ頻繁になされていたことも、執拗かつ容赦ない形で多数の事例をあげながら指摘される。その点で、本書は、韓国・アメリカによる残虐行為に対する告発と断罪の書でもある。それだけではない。常識的には朝鮮戦争開始日とされる1950年6月までに、韓国の西南部地域においては、左派ゲリラ対策としてすでに10万人以上が殺害されていたことも詳述されている。まさに凄惨な内戦であった。

皮肉なことに、45年8月15日をもって日本は平和を迎えたが、韓国はその日から反乱と鎮圧が錯綜(さくそう)する国家となった。朝鮮戦争は実は45年に始まり、戦闘そのものは53年に終わったにしても、いまだ終結を迎えていないのである。同時に著者は、残虐行為の歴史を回復しようとする韓国の取り組みを評価する。東アジアで、「自国の歴史と他国との対立を完全に、慎重に、真正面から分析してきたのは韓国だけ」で、安倍首相もアメリカの歴代大統領ら指導者も、これを実践しなければならないと主張する。

韓国の国民が、社会全体として、自らが加担した残虐行為をどのように消化できるのか、興味深い。そこでは、慰安婦問題も含めた日本統治下におけるさまざまな負の遺産も相対化されるのであろうか。韓国にとって耳の痛い事実を多数ちりばめた本書が、韓国で、どのように受け止められるかも興味津々である。

(東京大学教授 久保 文明)

[日本経済新聞朝刊2014年6月1日付]

朝鮮戦争論――忘れられたジェノサイド (世界歴史叢書)

著者:ブルース・カミングス
出版:明石書店
価格:4,104円(税込み)

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