2019年3月20日(水)

中国が世界をリードするとき(上・下) マーティン・ジェイクス著 秩序の再編めぐる挑発的な文明試論

2014/5/19付
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西欧と米国が築き上げた近代世界はやがて終焉(しゅうえん)を迎え、世界の秩序は新たな文明国家中国の出現と支配によって再編成を余儀なくされる。本書は豊富な知識量で縦横無尽に世界を語るひとつの挑発的な文明試論である。それは冷戦終結後のフランシス・フクヤマやサミュエル・ハンチントンの議論を彷彿(ほうふつ)とさせる。

(松下幸子訳、NTT出版・各3400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(松下幸子訳、NTT出版・各3400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

著者はケンブリッジ大で博士号を取得後、イギリス共産党機関誌の編集長を1991年の廃刊まで担当していた経歴をもつ。その後は評論家として主要メディアで言論活動を続け、徐々にアジア特に中国問題に関心を広げていった。

昨今の経済危機に見られるように、著者は米国も欧州も衰退の一途を辿(たど)っていると論ずる。経済・技術等のハードだけでなく、文化や価値観等のソフトの面でも同様であるという。日本に対する評価も厳しい。近代化に成功したのに、米国依存が強すぎ、近隣との関係が悪く、他国のモデルとなっていないという。

著者は、中国がやがて経済成長で行き詰まり、社会矛盾が増大して民主化へと向かうという欧米流の一般的な通念に対して懐疑的である。そして中国は近代の屈辱感を克服して儒教をベースにした文明国家となりつつあり、近隣諸国との間でも朝貢関係のような構図が復活しているという。しかも多くの国はそうした中国の物心両面の覇権(ヘゲモニー)を受け入れ始めているという。

本書の弱みは、経済規模ばかりを見て内部の実態分析が不十分なことである。投資偏重と不動産バブル、過剰生産と雇用不安、国有企業に巣食(すく)う政治腐敗、環境汚染、多発する民族暴動等々。上からの引き締めは強さの表れで弱さではないという著者の立場は、評者とは逆だ。

この4月、偶然に著者と二人で話をする機会を得た。ジェイクス氏は穏やかな紳士で、マルクス主義の香りも、本書に見られるような強烈な個性も感じさせなかった。ただ、中国的世界を論じた部分で、強制でなく同意に基づく権力従属を論じたイタリア共産党発足時の理論家、アントニオ・グラムシの覇権論の影響については否定しなかった。

過去のマルクス主義への傾倒にせよ、本書で展開した中国への傾斜にせよ、著者の深層心理には、権力と規範の両面で近代世界を長く支配した西洋文明に対する西欧の左派系知識人の批判精神が通底しているように思われる。

翻訳はこなれており読みやすい。

(防衛大学校長 国分 良成)

[日本経済新聞朝刊2014年5月18日付]

中国が世界をリードするとき・上:西洋世界の終焉と新たなグローバル秩序の始まり

著者:マーティン・ジェイクス
出版:エヌティティ出版
価格:3,672円(税込み)

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