2019年7月19日(金)

満願 米澤穂信著 心理ドラマと精緻な謎解き

2014/5/12付
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粒揃(ぞろ)いの短篇(たんぺん)集である。山本周五郎賞にノミネートされたのも納得できる。人気も実力もある若手ミステリ作家米澤穂信の代表作になるのではないか。

(新潮社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(新潮社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

六篇収録されているが、いちばんスリリングなのは「関守」だろう。フリーライターの「俺」が都市伝説を取材することになり、車の転落事故が多発する"死を呼ぶ峠"に赴き、ドライブインを経営するおばあちゃんに話をきくのだが…という内容。とぼけたのんびりとした話からだんだんと鬼気迫るものになり、驚きの真実に触れることになる。とんちんかんな会話から次第に熱を帯びていくくだりが迫力に満ちていて、怖い。

迫力という点では「万灯」もいい。在外ビジネスマンの冷徹な犯罪遂行と意外な落とし穴を捉えているのだが、ジレンマに陥り、不幸な選択を迫られる結末が何とも皮肉だ。

そのほか中学生姉妹が両親の離婚に際して親権争いで予想外の行動をとる「柘榴(ざくろ)」、警官の殉職の裏に隠された周到な計画をあぶりだす「夜警」、元彼女が働く温泉宿での事件阻止をめぐる思いがけない顛末(てんまつ)「死人宿」、そして殺人を犯して刑期を終えた女との再会と事件検証「満願」など、どれも巧妙に作り上げられていて着地も見事。

ただ、いささか個人的な感想になるが、たまたま本書の前に勝目梓の短篇集『あしあと』(文藝春秋)を読んだからか(これは"作家生活40周年の集大成"の傑作短篇集だ)、人生の濃密さと文章の味わいのうえで物足りなさがある。ベテラン作家と比較しても、米澤穂信の文章はなめらかであるけれど、もうひとつ彩りがない。残酷なクライム・ノヴェル(「関守」)ならやや乾いた文章は効果的といえるが、そうではないときはもっと艶やかな表現でもいい。そうすれば姉妹同士の葛藤と許されぬ愛の物語(「柘榴」)は官能的になり(オマージュを捧(ささ)げている節のある作家の名前をあげるなら、より連城三紀彦的になり)、バングラデシュの物語(「万灯」)は焦燥感を増してもっと危険な匂いを醸しだしたはずである。

もちろんそれは本格小説に対する欲求であり、本格ミステリならまず求められるのは謎解きの解説で、そのロジックはまことに精緻であり、静かな心理ドラマも潜ませて、たっぷり読ませる。奇妙な事件の意外な成り行きを、驚きとともに語る語り口は抜群であり、プロットの切れ味もよい。ミステリとしては申し分のない、優れた短篇集といえる。

(文芸評論家 池上 冬樹)

[日本経済新聞朝刊2014年5月11日付]

満願

著者:米澤 穂信
出版:新潮社
価格:1,728円(税込み)

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