2019年1月21日(月)

ある文人学者の肖像 富士川義之著 愛息がたどる「文雅の人」の生涯

2014/4/29付
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かつての中国にもわが国にも文人と呼ばれる人々がいた。ことさらに何々の専門家という風にみずからを狭く限定せず、広く学問・文学・芸術を修め、詩琴書に遊び、学の蘊奥(うんおう)を極めながらも、厳格な考証や立論に走らず、時間をかけて自分の内部でじっくり醸成されたものを、ゆとりある美しい文章で紡ぎ出すタイプの文学者などがそれである。

(新書館・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(新書館・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

かつてスペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットが危惧し、その危険性を指摘した「専門主義の野蛮性」が、人文科学の分野、文学研究までも支配している現今の大学ではもはや存在を許されないそんな優雅な文人が、かつてはわが国の大学にもいたものである。その一人が間違いなく、「最後の文人教授」と言われた富士川英郎(1909~2003年)であった。

この人こそは深く詩文を愛し、それを己の内部で血肉と化するまで温め、やがてそれを美しく結晶した「作品」として生み出し得た、稀有(けう)な文雅の人であった。本書はその文人学者の愛息であり知名の英文学者である富士川義之による父の評伝であり、そのみごとな肖像である。

文人学者富士川は東大教授を務め、ながらく精緻で繊細で詩情豊かなリルケ研究で知られたドイツ文学者であった。後年は日本医学史に不滅の業績を残した父富士川游譲りの豊かな漢学の素養を生かして、江戸漢詩の再発見、再評価に先鞭(せんべん)をつけ、名著『菅茶山』『江戸後期の詩人たち』をはじめとする数多くの滋味あふれる雅致に富んだ著書をあらわした人物で、その文学的営為は、まさに文人の仕事そのものであったと言っていい。

洽博(こうはく)な学問と豊かな詩才とを兼ね備え、こちたきものに陥りがちな文学研究を、芸術的な作品にまで高め得たこの「最後の文人学者」はいかにして誕生、形成され、文人としてのその生涯を貫いたか、その軌跡を丹念にたどったのがこの大著である。

「そもそも『文人学者』とはどのような存在であったのか、ということを、このドイツ文学者の生涯と著作に可能な限り寄り添いながら、掘り下げてみたいと思い立った」というのが著者の執筆の動機だという。

深く敬愛する亡父の数々の著作、回想記などを丁寧に読み込み、そこに子としての父の記憶などをもまじえて綴(つづ)られたこの評伝からは、今はもはや存在し得ない、よき意味での大教養人、文雅の道を誠実に生き抜いた文人学者の姿があざやかに浮かび上がってくる。子による父の評伝という異色の本だが、そこから羨望に値するこの美しい一書が生まれたことは喜ばしい。

(東京外国語大学名誉教授 沓掛 良彦)

[日本経済新聞朝刊2014年4月27日付]

ある文人学者の肖像 評伝・富士川英郎

著者:富士川 義之
出版:新書館
価格:3,888円(税込み)

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