庭師が語るヴェルサイユ アラン・バラトン著 観察が導いた懐深い文明批評

2014/4/23付
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庭師として30年以上ヴェルサイユで働きつづけ、愛情を籠(こ)めて庭作りに励み、その庭を隅々まで観察してきた著者だからこそ書けた、じつに素敵(すてき)な本だ。体系立てて語られるわけでも、時代をおって叙述されるわけでもない。しかし、庭師になる気などさらさらなかった青年がひょんなことでそれを天職と心得るまでになった経緯、庭の美しさを保つために工夫した手入れの数々、庭師仲間や尊敬する先人の紹介、ルイ十四世をはじめとする国王と王妃・寵姫(ちょうき)らの庭への思い入れ、はては彫像に籠められた秘密や幽霊物語まで、いずれも気が利いた筆致で記述されていて飽きさせない。

(鳥取絹子訳、原書房・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(鳥取絹子訳、原書房・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

どのエピソードを語るときにも、四季折々の庭園の様子が持ち出されているのが特徴だ。というより、すべてが「庭園の視点」から眺めて判断されているのだ。たとえば庭師の歴史を語る段で、偉大なル・ノートルの業績をさんざん紹介した後、「私はル・ノートルをまったく好きになれない」と呟(つぶや)いたり、嫌いな太陽王ルイ十四世でも、庭園への情熱は認めざるをえず、またその筆跡に人間味を見出(みいだ)しているところなどが、典型例だ。

著者は大変な読書家でもあるようだが、もちろん旧説を信じるのではなく、手に入れた古文書、先輩庭師たちの思い出話、また庭の綿密な観察や調査によって、研究書やガイドブックの誤りをことごとく正している。

本書冒頭では、1999年12月のすさまじい嵐によって回復不能な破壊を蒙(こうむ)ったヴェルサイユ庭園が、まさに「ヒロシマ」の如(ごと)く描写される。一方末尾では、92年おなじく猛烈な嵐の日に妻との出会いがあり、「私のヴェルサイユ人生での大きな出来事には、つねに暴風雨が伴っていた」と述懐されて、庭を襲う危機的な天候が本書の陰のモチーフとなっていたことが判明する。

暴風雨は庭を破壊する自然の猛威だが、著者がより怖(おそ)れるのは、人工の脅威である。モーターやプラスチックに代表される機械文明そして化学肥料・除草剤は、一見便利だが、本来、庭の手入れには庭師の体に馴染(なじ)んだ道具による手仕事、そして動物の力を借りるほうが適しているからだ。安全上の馬鹿(ばか)げた規律や大量の書類作成要求への批判などと合わせて、本書は文明批評の側面も備えている。だが過激なエコロジー思想に走らず中庸を踏み外さないところが、本書を懐の深いものにしている。読後、誰しもきっとヴェルサイユに行ってみたいと思うだろう。宮殿ではなく、庭園を見に。

(東京大学教授 池上 俊一)

[日本経済新聞朝刊2014年4月20日付]

庭師が語るヴェルサイユ

著者:アラン・バラトン
出版:原書房
価格:2,592円(税込み)

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