春秋

2014/4/18付
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昭和11年のことだ。太宰治は芥川賞選考委員の佐藤春夫に懇願の手紙を書いた。「佐藤さん一人がたのみでございます。芥川賞をもらえば、私は人の情に泣くでしょう。どんな苦しみとも戦って、生きて行けます。元気が出ます。お笑いにならずに、私を助けて下さい」

▼その時代に「本屋大賞」があったなら、太宰など全国の書店に「私を助けて下さい」と手紙を出しただろうか。なにしろ既存の文学賞と違って作家は選考にいっさい関わらず、書店員たちの「イチオシ」で受賞作が決まるのだ。11回目の今年は479書店・605人の投票を経て和田竜さんの「村上海賊の娘」が選ばれた。

▼回を重ねるごとに注目度が高まり、いまや芥川賞・直木賞をしのぐほどである。和田作品は受賞後1週間で40万部ほど増刷されたという。編集者が候補作を挙げ、エライ先生方が料亭にこもって品定め――というプロセスを否定した読者感覚がビジネスに直結するのだろう。こんなに作家のふところを潤す賞はないそうだ。

▼批判も少なくないが、そもそも賞というものがお金と切り離せぬ存在だから悩ましい。太宰は佐藤への懇願むなしく賞金500円を逃し、次は川端康成に訴えた。「最近やや貧窮、経済的に救われたなら、私、明朗の蝶蝶(ちょうちょう)……」。結局このときも選に漏れたが、受賞していたら無頼派・太宰は生まれなかったかもしれない。

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