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現代インド経済 柳澤悠著

農業発展に成長の淵源見いだす

インド経済の近年の台頭の理由を理解するのは、それほど簡単ではない。確かに、インド経済のダイナミズムは、マクロの経済統計のみならず、インドを訪れる者にも、至るところに看取されうる。だが、都市と農村の格差、筆舌に尽くしがたい貧困や差別、「悠久」というイメージに沿うような後進性の存在など、矛盾する現象にも事欠かない。したがって、統一した像を描きつつダイナミズムを説明することは、それほど簡単ではないのである。

アメリカのIT産業などで活躍するインド系の人々に着目して、英語を駆使できる高学歴人材の豊富さなどが分かりやすい要因として挙げられたりする。また、通説的な説明としては、1990年代初頭以降の「経済自由化」政策によって、「親市場的」な経済政策が功を奏したという説がある。事実、独立後のインドは長らく内向きで統制的経済運営を続けてきたからである。ただし、これらの説明は部分性を免れない。

著者は、このような通説的な説明とは異なり、その解を多くの読者にとっては意想外のところに求める。すなわち、インドの農村と農業のダイナミズムが、インド経済の浮上の根源にあるとする。著者は、インドが経済成長の軌道に乗り始めたのは、「経済自由化」よりも早い80年代初頭のことであり、しかもこの変化はそれ以前の60年代半ばから始まる「緑の革命」による農業発展に淵源すると指摘する。この農業発展は、所得の向上を促し、零細なサービス業や工業との産業連関ももたらしたという。

注目すべきは、著者が、このようなダイナミズムを、さらに英領期の20世紀前半にまで遡って、歴史的に位置づける点である。この時代に、農村の下層民(被差別カーストなど)の自立化への胎動が見られたが、これが、今日の農村・農業のダイナミズムに繋がる変化の起点をなすとするのである。このような著者の視角は、劣位の立場に置かれてきたインド社会の深部から湧き上がる力の根源に迫ることにより、インド経済のダイナミズム論に統一性を与えることを可能にした。

著者は、英領期のインド南部の農村社会経済史を専門とする篤実な経済史家として知られているが、本書は、国際的にも高く評価されうる質とオリジナリティを有する学術的な研究書でありつつ、今日のインド経済のダイナミズムに肉迫する、極めてアクチュアリティの高い書物となっている。

(大阪市立大学教授 脇村 孝平)

[日本経済新聞朝刊2014年4月13日付]

現代インド経済―発展の淵源・軌跡・展望―

著者:柳澤 悠
出版:名古屋大学出版会
価格:5,940円(税込み)

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