創作の極意と掟 筒井康隆著 小説の可能性を探究する情熱

2014/4/15付
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本書を「作家としての遺言」だと著者は言う。半世紀以上にわたり一貫して最前線の実験精神で創作活動を続けてきた著者が、小説創作の「極意と掟(おきて)」を経験に基づいて縦横に伝授する。そう言ってしまうと、作家志望者向けの入門書と思われるかもしれない。もちろんそういう読み方もできるが、本書の面白さは創作指南に留まらない。小説の味わい方の案内でもあり、ユニークな小説や知られざる傑作の紹介でもあり、著者自身の作品や文壇にまつわるブッチャケ裏話でもある。

(講談社・1300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(講談社・1300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

全て漢字二文字の項目で章が立てられているのだが、それが「凄味(すごみ)」「色気」「揺蕩(ようとう)」「破綻」などと風変わりな着目点ばかりだし、そこで例に挙がっている作品も、著者ならではの選択眼を示すものばかりだ。たとえば「色気」のある小説として、稲葉真弓の「半島へ」が例に挙げられるなんて、何と玄人らしい渋さだろう。「破綻」という項では、作家のうっかりミスの実例として、チャンドラーの傑作「大いなる眠り」が映画化されたとき、主演のハンフリー・ボガートがある疑問を抱いたエピソードが紹介されている。誰にも分からず監督が原作者に問い合わせたところ、彼も分からないと答えたそうだ。著者自身の「おれの血は他人の血」では、父に矛盾を指摘されて修正したという。

私が面白かったのは「遅延」という項目である。疑問に対する答えを書くのを遅らせて読者をじらす効果だ。これが多用されると小説がどんどん長くなる。著者の代表作「虚人たち」は、この遅延と、時間を省略しない実験だったという。そして本一冊まるごとがほとんど遅延という実験小説として、何と「涼宮ハルヒの消失」(シリーズ第四作)が挙げられているのだ。目配りが柔軟で縦横無尽に広いのも著者らしい。

何よりも著者の本領が遺憾なく発揮されているのは「実験」である。ここに書かれた実験の数々には、あきれるしかない。ジョルジュ・ペレックはフランス語でeの字を一度も使わずに長編を書いた。その文字落としに刺戟(しげき)を受けて著者が書いたのが「残像に口紅を」である。そんなことをして何になるのか、という常識に対して、本書は次のように断言する。「誰にも評価されなかったり、無残な失敗に終ったとしても、実験そのものには必ずや何らかの価値がある筈なのである」

閉ざされた慣習や秩序に満足しがちな小説に、生涯をかけて対抗し、未知の可能性を探求しつづける著者の情熱は、まだまだ衰えることはなさそうだ。

(文芸評論家 清水 良典)

[日本経済新聞朝刊2014年4月13日付]

創作の極意と掟

著者:筒井 康隆
出版:講談社
価格:1,404円(税込み)

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