春秋

2014/3/30付
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太った豚よりやせたソクラテスになれ――。1964年3月、東京大学の大河内一男総長は卒業式の告辞でこう述べた、とされる。じつは草稿にあったこの部分を総長は読み飛ばしてしまったのだが、ひとたび報じられると広く社会の関心を集め、流行語にさえなった。

▼知性の重みを説いた言葉に、さすが東大総長とうなった人もいただろう。しかし若者たちのなかには、そういうエリートっぽい教養主義を嫌う傾向がすでにあったかもしれない。やがて全国の大学は紛争で騒然となる。政治学者の丸山真男は研究室を荒らされて「こんなことはナチスだってやらなかった」と嘆いたという。

▼もっとも当時のゲバルト学生も暴力一本やりだったわけではなかろう。むしろ小難しい本を小脇に抱えたり生硬な文章をしたためたり、何ごとかを自分で考えようとした風はある。自殺した高野悦子の手記「二十歳の原点」を読むと彼女はいつも自身の不勉強を恥じ、もっと学習せねばと焦っている。そんな時代であった。

▼「フランシーヌの場合」という、思いつめた感じの歌がはやったのも、やはり時代だったのだろう。そういえばきょうは、三月三十日の日曜日……だが世の中はすっかり変わり、知性や教養はますます影が薄い。「やせたソクラテス」から50年。今年の東大卒業式で、総長は論文盗用やデータ捏造(ねつぞう)はいけませんと訴えた。

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