2019年5月25日(土)

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか? ポール・シーブライト著 人の交わりで解く資本主義の起源

2014/3/17付
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人はなぜ自分をくすぐれないのだろうか。脳が感覚を予期してしまうからだ。それでもある種の機械を使うと、くすぐったく感じるという。脳がだまされるらしい。住宅・株式など、近年の金融バブルの陶酔とは、いわばこうした人工的な集合的自己くすぐり合戦なのであり、そして疑似くすぐりがやがて効かなくなるのと同じく、バブルは崩壊する。

(山形浩生・森本正史訳、みすず書房・3800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(山形浩生・森本正史訳、みすず書房・3800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

ここにはグローバル金融の問題が神経科学とからめて説明されている。ことほど左様に、本書は現代経済を論ずる本ではあるが、著者の視野は桁ちがいに広い。生物学、人類学、考古学、歴史学、文学、統計学、等々、諸学百般にわたる興趣あふれる事例と知識を満載しながら、本来なら暴力的な人間がいかにして協力しあい、現代の経済社会を築きあげるようになったかを説く。つまり「殺人ザル」はどのように「経済人」になったか。解明のキーワードは「見知らぬ人々の交わり」(本書原題)にある。

暴力的な人間? 「高貴な野蛮人」というルソーの甘い夢想とは裏腹に、狩猟採集生活をしていた私たちの祖先は近親者以外を信用せず、非血縁集団に対してはきわめて暴力的で残忍な殺人性を示していた。しかし、その殺人ザルは1万年前、農耕定住生活の開始とともに暴力本能を手なずけ、見知らぬ他人を信頼し、これと協力することの利益を学ぶようになる。そこには打算もあったが、同時に「強い返報性」(互恵性)も働いていた。こうしてヒトは、見知らぬ人々と協力するとともに、そのための「制度」を形成する。その制度が逆に信頼と協力をさらに強固にする。

そこから、分業や市場が拡大するだけでなく、貨幣、都市、企業、科学、国家など、現代文明の各種制度装置の意味が照らし出されていく。ところが話はバラ色に終わらない。信用と協力は脆(もろ)くもあり、十分に広くもないのだ。信用の連鎖は容易に不信の連鎖に転化するし(恐慌)、集団内協力は逆に集団間暴力を激化させる(戦争)。

信頼と不信、協力と暴力の間を揺れるホモ・サピエンス。結局、人間にとって現代資本主義とは何なのか。認識欲を大いにくすぐられる。

(名古屋大学名誉教授 山田鋭夫)

[日本経済新聞朝刊2014年3月16日付]

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

著者:ポール・シーブライト
出版:みすず書房
価格:3,990円(税込み)

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