美食家の誕生 橋本周子著 創始者の言説を社会に位置づけ

2014/3/12付
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今や日本ほどグルメが多く、食の情報にあふれる国はないだろう。昨年、和食がユネスコの無形文化遺産になって話題になった。しかし、美食大国フランスは一歩先んじており、フランス料理はすでに2010年に登録されていた。正確に言えば、登録されたのはフランスの美食術(ガストロノミー)である。それは、料理術や食材、食器や作法、食に関する文芸や科学などすべての食文化を指す。

美食術は19世紀初頭のフランスで成立したとされ、『美味礼賛』を著したブリヤ=サヴァランがよく知られている。しかし、彼に先立って1803年から料理評論誌『美食家年鑑』を刊行したグリモ・ド・ラ・レニエールという奇人がいた。この知られざる美食家こそが、現代にいたる美食批評の創始者であった。本書は、この人物の言説を緻密に分析してその美食観をたどり、それを当時の社会や文化の中に位置づけている。

グリモによる「グルマン(美食家)」という概念は、単なる食通という意味だけでなく、健啖家(けんたんか)であることを示すという。それ以前は、大食は悪徳であり、大食漢は恥ずべき存在であったが、グリモは大量に食べることが美食には必要であると主張したという。この点には大食漢の私も共感できた。

フランス革命後、パリで外食文化が一斉に開花する。グリモはこうしたレストランの情報を提供し、味を客観的に評価しながら、美食産業やそこに集う新興ブルジョワには批判的であった。彼の理想の食卓は、旧体制さながらの邸宅での食事会にあったという。そこでは、招待主と客との間に厳格なルールやマナーがあり、気の利いた会話による社交が重視された。個人が勝手に食事をするレストランでは、社交の喜びは得られない。美食をともに楽しむ仲間が増え、社会に拡大していく「美食の帝国」をグリモは夢見ていたという。

美食を扱っていながら、具体的な料理やメニューが登場しないため、いささか欲求不満になる。また、著者の博士論文に基く学術書であるため、決して読みやすくはないが、一見趣味的な美食というテーマが、ひとつの学問に昇華しうるのを実感できる労作である。

(神戸大学教授 宮下規久朗)

[日本経済新聞朝刊2014年3月9日付]

美食家の誕生―グリモと〈食〉のフランス革命―

著者:橋本 周子
出版:名古屋大学出版会
価格:5,880円(税込み)

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