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セラピスト 最相葉月著

「心のケア」の夜明け、生き生きと

今では「心のケア」は誰もが知る言葉となった。実際にはそれは「精神科医による医学的治療」と「臨床心理士によるカウンセリング」とに大きく二分され、さらに完璧な脳科学主義からオカルトに近いものまでさまざまな立場、メソッドが自身の正当性を主張している。精神科医歴約30年の評者からは、最近の「心のケア」の世界は混沌として見えていた。

(新潮社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

しかし本書は、その混沌から再びひとつの物語を紡ぎ出すことに成功した。その物語の主人公は、あくまで「悩める人」のために、そして日本人にあったメソッドを、と尽力したふたりの巨人、河合隼雄氏と中井久夫氏である。

彼らの数ある業績の中で著者がとくに注目したのは、箱庭療法と風景構成法と呼ばれるメソッドだ。いずれも言葉を直接、用いずにクライアントの心に接近する方法だが、そこから豊かなイメージが引き出され、それを媒介としてクライアントと治療者との内的な交流が可能となり、回復への歩みへとつながる。60年代から70年代にかけて、河合、中井のふたりや彼らの同志たちが試行錯誤の末新しい手段を臨床の現場に導入していくプロセスが、著者の綿密な取材力により生き生きと再現される。まさに日本の「心のケア」の夜明けだ。少なくとも当時は、クライアントと治療者は河合の言葉を借りれば「共に降りていく深い世界」を目指していた、と著者は考える。

しかし、現状は決して明るくない。精神医療の場では薬物療法やプログラム化された行動療法などが主流となり、臨床心理士の待遇は劣悪で、時間をかけた箱庭療法などの実施は難しい。クライアントの病態も複雑化する一方だ。

とはいえ、「悩める人」に寄り添いたい、という「心のケア」の物語が完全に消滅したわけではない。まだできること、すべきことはたくさんある、と治療側に立つ者として評者もおおいに励まされた。同時にケアを受ける側にとっても、その歴史を振り返り、豊かな可能性を感じさせてくれる本書は福音となるはずである。偽装、ねつ造などが幅をきかせる昨今の日本で、「何かを信じたい」と思うすべての人に本書が届くことを願う。

(精神科医 香山リカ)

[日本経済新聞朝刊2014年3月9日付]

セラピスト

著者:最相 葉月
出版:新潮社
価格:1,890円(税込み)

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