春秋

2014/2/14付
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電車の中、だしぬけに大声が響きわたる。「私は役者のタマゴです。朗読するので聴いてください」。それから終点に着くまで30分ほどか、顔を真っ赤にして戯曲や詩の一節を読み続ける青年がいた。60年近く前になる。劇団に通う20代前半の仲代達矢さんの姿である。

▼引っ込み思案だった仲代さんは、こうして俳優としての自意識を鍛えたという。その殺気立つような覚悟に比べ、なんとも薄っぺらい自意識ではないか。そう思ったのがパソコン遠隔操作事件だった。もう昔のようだがおととしの話だ。4人も誤認逮捕された記憶が、おとといの初公判を機によみがえった人もいるだろう。

▼事件では、真犯人を名乗る人物から、奥多摩の雲取山山頂や神奈川県江の島にいる猫の首輪に犯行の手がかりを残した、というメールが報道機関などに届いた。他人のパソコンに入り込んで犯罪予告をばらまくだけではない。安全な場所に身を置きながら、悪知恵をひけらかしたくなる下卑た心根が頭をもたげたのだろう。

▼被告は一貫して犯行を否認し、犯罪と被告を直接つなぐ証拠はないという。だから裁判の行方は分からないのだが、いずれにせよ真犯人はどこかにいる。暗がりでパソコンを操るその犯人と恥ずかしさで赤面した若き日の仲代さん。顔をふたつながら想像してみれば、人と人が顔突きあわせる大切さにあらためて思い至る。

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