2018年11月15日(木)

櫛挽道守 木内昇著 幕末を生きた人たちの鼓動

2014/1/28付
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深い感動とともに、この小説「櫛挽道守(くしひきちもり)」を読み終えた。さて、この感動を語りたいのだが、なかなか適切な言葉が浮かんでこない。そもそも、木内昇の小説をどう位置づければいいのだろうか。ジャンルとしては、時代小説というよりは歴史小説なのだろう。歴史的事実がきめ細かく織り込まれているのはいうまでもない。

(集英社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(集英社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

しかし、それだけではない。その時代、その場所に生きている人たちの息づかいや温(ぬく)もりまでもが行間から滲(にじ)み出てくるのだ。なにしろ、処女作で、一人ひとりの内面から新選組を描くという大胆な手法を試みた作家なのだから。

時代は幕末、舞台は中山道木曾山中の藪原(やぶはら)宿。主人公は、この地域の名産品である「お六櫛」の名人と謳(うた)われた吾助の長女登瀬である。お六櫛とは、飾り櫛や解かし櫛とは違って、髪や地肌の汚れをくしけずるための櫛である。そのために、たった1寸(約3センチ)の幅に約30本という驚異的な細かさで櫛歯が挽かれている。

登瀬は、神業と呼ばれる腕前を持つ父の櫛挽に幼い頃から魅せられてきた。結婚して子どもを産んで家を支えることが女の幸せだと信じられ、女が櫛挽職人になるなどもってのほかだと言われていた時代。彼女は、父の天才的な技を身につけたいと、ひたすら励むのだった。

時あたかも幕末の激動期で、黒船来航や攘夷(じょうい)派と開国派の対立などの影響が、街道の宿場町にも及んでくる。また、吾助の一家にも、息子の急死、娘たちの縁談、櫛問屋との確執、弟子入り志望者の来訪などの出来事が相次いで起こる。

内外の波乱に翻弄されながら、登瀬は作業場である板の間に座り続ける。吾助の櫛を挽く拍子を自分のものにしたいと、耳を澄まし、技を磨いていく。彼女の、16歳から33歳までの17年間がていねいに描かれていく。

この小説には終始、櫛を挽く音が響いている。さらに耳を澄ませると、登瀬をはじめ登場人物たちの鼓動や息づかいまでもが聞こえてくるようだ。歴史上のある時点に演じられたドラマを、その時代の空気そのまま、生身の人間そのまま、鮮やかに切りとって見せてくれる。これこそが、歴史体感小説とでも呼びたくなる、木内ワールドの魅力なのだろう。

(書評家 松田哲夫)

[日本経済新聞朝刊2014年1月26日付]

櫛挽道守

著者:木内 昇
出版:集英社
価格:1,680円(税込み)

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