/

世界へ関西スピリッツ 異郷で羽ばたく(1)

米大統領が1年の政策目標を語る一般教書演説。医療診断に使う磁気共鳴画像装置(MRI)の部品メーカー、米QEDの最高経営責任者(CEO)、藤田浩之(47)は日本人として初めてこの場に招かれた。2012年1月だ。

従業員に指導する藤田氏(米クリーブランド)

奈良県宇陀市生まれ。県立畝傍高校を卒業後、東京大学の受験に2度失敗し、やむなく私大へ。失意のなか、米国への留学が人生を運命づけた。

湯浅氏は開発陣と気軽に会話を交わす(カナダ・トロント)

多様な人材を受け入れる懐の深さ、自律的な学生。「日本との違いに衝撃を受けた」。藤田は米国に残る決意を固める。医学工学に興味を持ち、MRIの権威がいるオハイオ州クリーブランドの大学院へ。ここで06年に起業、年商30億円の企業に育てた。

米残留が縁呼ぶ

大学院で師事した教授がワシントン大に異動し、一時、藤田に同行を求めた。だが自然豊かな町並みは故郷の風景と重なる。「自分は残る」。この選択が2つの縁を呼び寄せた。

1つは京セラ名誉会長、稲盛和夫(81)との出会い。QED創設の年、寄付先の大学の施設の開所式に出席するため稲盛がクリーブランドを訪れた。「事業に大切なのは理念」と声をかけられた。

今も交流は続く。QEDのオフィスは平屋建て。社長室は事務室や工場と扉1枚でつながる。「良い機器で患者を救うのが理念。実現には会社の一体感が必要」。稲盛流の経営哲学は世代や国の垣根を越え根付く。

もう1つの縁。11年夏、当時の州知事が主催した食事会で藤田は米大統領オバマの面識を得る。医療制度改革にまい進するオバマは、この地で医療産業を育てようとしていた。「医療の発展に貢献してほしい」と藤田を激励、翌年の一般教書演説に招待した。

「あのまま東大に合格していたら今の自分はない」と藤田。若き日の苦い経験をバネに米国でチャンスをつかんだ。

秘書からの転身

クリーブランドから五大湖をまたぎ、北東に位置するカナダのトロント。日本を飛び出た関西人がここでも奮闘する。

「そのキャラクターはウサギ? ユニークね」。カプコン傘下のゲーム開発会社、ビーラインのオフィスではCEOの湯浅緑(46)が女性開発者に話し掛ける。

碁盤状に道路が走り、駅前に大きな観光塔が建つトロント。湯浅が育った京都と似た雰囲気だが、いきなりここにたどり着いたわけではない。

海外生活に憧れ東京外語大で学び、就職先にソニーを選んだ。配属先は秘書課。「右も左も分からず苦しかった」が、現場の社員とじかに接する創業者、盛田昭夫の仕事ぶりに感銘を受けた。

00年には希望がかない、米国のグループ会社に。IT(情報技術)のダイナミズムを肌で感じると持ち前のチャレンジ精神が頭をもたげ、06年にビーラインに転じた。2年前にはネット上の仮想の村を発展させるゲームが、米国など85カ国でダウンロード数のランキング上位に入った。

国籍や経歴がばらばらの約160人を束ねる湯浅の理想は、トップ以外の社員がフラットな関係の「文鎮型組織」。業界で勝ち抜くには経営のスピードをぐんと速める必要がある。視線の先には若い頃に学んだ盛田の背中がある。

湯浅をスカウトしたカプコン会長、辻本憲三(73)は「早く次のヒット作を」と発破を掛ける。落研出身で、時折、京都なまりが出る湯浅の口調は柔らかいが、ヒットを狙う眼光は鋭い。(敬称略)

近畿の国内総生産が全国に占める比率は、大阪万博のあった1970年度の約20%がピーク。直近は15%台にまで下がった。長いトンネルだが進取のDNAは健在だ。旺盛なバイタリティーで海外に足場を築き、技術やノウハウを伝える動きは続く。航跡を追った。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン