2019年1月17日(木)

地図と領土 ミシェル・ウエルベック著 人物を伝説化する語りの技法

2013/12/24付
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ウエルベックはわが国ではあまり読まれない作家だが、ポルノまがいのスキャンダラスな話題作『素粒子』以来、フランスではたえず論議を呼びおこす鬼才だ。その彼がついにゴンクール賞をとった記念碑的作品が本書である。

(野崎歓訳、筑摩書房・2700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(野崎歓訳、筑摩書房・2700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

主人公の画家マルタンもまた異端の画家だが、読者の興味をかきたてるのは、意表をついた絵画手法もさることながら、アートの市場価値という主題である。ウエルベックの世界では何事もきれいごとではすまないのだ。いったい絵画の値段はいかなるメカニズムによって決まるのか――こうしてアートとビジネスが一体となって展開するスピード感あふれる筋運びは、サスペンスに満ちて読みだすととまらない。

幾重もの狡智(こうち)にみちた作者は、作品の語りを重層化して、主人公の死を2046年に設定し、そこから現在を回顧する語りを随所に挿入している。このひねった語りは、作品に不可思議な奥行きをあたえるとともに、人物を伝説化するのにうってつけの手法ともなっている。

それというのも、マルタンは無から成功した画家として伝説の人物になるからだ。たとえば、後に彼の代表作となった肖像画「ビル・ゲイツとスティーヴ・ジョブズ、情報科学の将来を語りあう」――というふうに、現在を語りつつ、同時にそれを伝説化してゆくナレーションの技はさえわたっている。

それ以上の超絶技法は、ウエルベックが自分自身を作中人物として登場させ、その伝説を語ってゆく技法であろう。あの『素粒子』の作家とか、あの『プラットフォーム』の作家というように自分の作品名をちりばめて自己広告をはばからないのもウエルベックならではである。いささか露悪趣味的な老残の姿の描写もまた彼らしい。

こうして交錯する2人の人物の生涯は、衝撃的なラストをむかえて終わるが、全篇(ぺん)にただよっているのは、あらゆる土地も芸術も市場化してゆく資本主義マネーの暴力にたいする寂寥(せきりょう)感に満ちた諦念である。

それにしても、タイトルの「地図と領土」とは? それは読んでのお楽しみ。いきなりウエルベックの異能にうなるにちがいない。

(仏文学者 山田登世子)

[日本経済新聞朝刊2013年12月22日付]

地図と領土 (単行本)

著者:ミシェル ウエルベック
出版:筑摩書房
価格:2,835円(税込み)

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