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英国二重スパイ・システム ベン・マッキンタイアー著 ドイツを欺いた情報戦の裏側

2013/11/27付
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 1944年6月6日払暁、英・米・カナダを含む12か国の連合軍が、ドイツ占領下のノルマンディに怒涛(どとう)のような総攻撃を敢行する。これを迎え撃つドイツ軍は、沿岸防御施設「大西洋の壁」の他に、幅10キロの「殲滅(せんめつ)地帯」、有刺鉄線、6百万個の地雷、その背後に難攻不落な要塞を配置していたが、この激突の初日がロンメル元帥の言う「最も長い一日」となり、これでほぼ雌雄を決してしまう。結局、連合軍は15万6千人の将兵を上陸させたのだった。

 それには、ドイツ側は、連合軍の上陸地点がイギリス本土から最短のパ・ド・カレーと決めていたからだった。だが、戦略的には合理的とはいえ、何故、ドイツ軍がこの判断に固執したのだろうか。

 本書によると、イギリス側は41年、ドイツ側のスパイを二重スパイに変える「ダブル・クロス・システム」を監督する極秘組織として、「二十(XX)委員会」を創設する。このシステムの任務は、連合軍の上陸作戦はパ・ド・カレーであり、ノルマンディとノルウェーは牽制(けんせい)作戦に過ぎない、という戦略的欺瞞(ぎまん)作戦「フォーティテュード作戦」であった。

 作戦の指導部は天才と狂気の間のグレーゾーンで暗躍する担当将校であるが、彼らと一心同体の5人の二重スパイもそれ以上に変人ぞろいだ。セルビア人のプレイボーイ、カジノ好きの在仏ペルー大使の娘、ポーランド空軍将校、ソ連生まれのフランス女性、養鶏学の学位を持つスペイン人。この5人の工作員は、スペイン、ポルトガル、ヴィシー・フランスでドイツ側の担当将校と接触する。話術と演技力だけを武器にして、ドイツ軍上層部、果てはヒトラーまでも騙(だま)して盲信(もうしん)させ膨大な奨励金、担当将校すら羨むような鉄十字勲章をせしめた兵(つわもの)もいた。

 二重スパイの言動のチェックは至難の技だ。だが、イギリス側には予期せぬ助っ人がいた。ヒトラーと入魂(じっこん)の間柄のドイツ大使大島中将が彼との会話を詳細に外務省に伝え、それをアメリカが暗号解読しイギリスに伝えたからである。この英独情報戦は、さすが「スパイの最先進国」の異名を持つイギリス、完璧な勝利であった。

(法政大学名誉教授 川成洋)

[日本経済新聞朝刊2013年11月24日付]

英国二重スパイ・システム - ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦

著者:ベン・マッキンタイアー
出版:中央公論新社
価格:2,835円(税込み)

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