2019年1月24日(木)

だから荒野 桐野夏生著 めげない主婦の成長の旅

2013/11/11付
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会社員の夫と専業主婦の妻。息子2人は大学生と高校生。ふつうの家族のようだが、妻の朋美が突然反乱を起こす。こともあろうに自分の46歳の誕生日、自分が企画したレストランでの食事の場で、憤然と席を蹴って、そのまま家出を決行するのだ。

(毎日新聞社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(毎日新聞社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

みんな身勝手でわがままだ、家族の誰も私を必要としていない、私はみんなにバカにされている――そういう思いが彼女を突き動かす。私にも私自身のための別な人生があるはずだ、あってよいはずだ、という漠たる思いも加わって、夫の愛車を運転して高速道路を西へ西へ。

家族を棄(す)てての文字通りの「旅立ち」。遅ればせな「自分探し」の旅である。とはいえ、パーキングエリアで車を荷物ごと乗り逃げされて、たちまち無所有、無一物、身一つで放り出されてしまう。それがまた、いっさいを放棄して旅する「出家=家出」というものの古来のあり方を思わせたりする。

旅の試練を経て主人公が成長していく物語は神話時代からあった。近代なら「教養小説」と呼ばれる。それらの主人公はたいてい若者だが、これは肌の衰えが気になる中年主婦の「教養小説」。しかし、ずっと専業主婦で世間知らずだった彼女の気持ちは初々しくて若々しい。苦境にあっても決してめげない。そこが魅力だ。

どこにでもいそうな家族の面々が、欠点や弱点をちょっと誇張され戯画化されて、生き生きと造形されている。ことに、妻に去られてもまるで危機意識のない「懲りない夫」が痛烈に風刺されているのだが、不思議に憎めない。風刺の根底に作者の愛情があるからだろう。

成長の旅には人生を教える老師が登場するものだが、この小説では、長崎で同居することになった老人。被爆体験をもち、生涯一人で生きて来たというその老人が言う。自分はこの「荒野」を選んだ、それが私の「使命」だったからだ、「あなたの使命はあなたが探すしかない」。朋美は思う。「逃げ回れば、どこまでも荒野が続く」「荒野を沃野に変える努力をしなければならない」。

家庭の主婦は旅も短い。しかし、その分凝縮されて、ストレートなメッセージが小気味よい。

(文芸評論家 井口時男)

[日本経済新聞朝刊2013年11月10日付]

だから荒野

著者:桐野 夏生
出版:毎日新聞社
価格:1,680円(税込み)

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