石油危機の痛みを忘れてはならない

2013/10/14付
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街のネオンが消え、店頭から様々な物資が姿を消した。世界経済に混乱をもたらした第1次石油危機から今月で40年。あの時の痛みを忘れてはいないだろうか。

エネルギーの安定供給は国の発展の基礎である。多様なエネルギーを利用し、無駄な消費を抑える社会を築く歩みを止めてはならない。コストや安全、地球環境問題とバランスがとれた資源確保戦略を改めて考える時である。

日本は石油危機を機に、「脱石油」と「脱中東」を掲げた。だが東日本大震災後に原子力発電所の運転が止まった結果、化石燃料の輸入が急増。原油の中東依存度は危機前の水準に戻ってしまった。

米国ではシェールガスと呼ぶ新型天然ガスの生産が増えている。ロシアやアフリカでも油田やガス田の開発が進む。調達先を広げる努力を怠ってはならない。

調達先の分散は供給国との交渉力を高め、調達価格の引き下げにつながる。太陽光や風力など輸入とは無縁の再生可能エネルギーを育てることや、天然ガスの成分が地中で水と結びついたメタンハイドレートといった日本周辺の海域に眠る国産資源の開発も大切だ。

忘れてはならないのが省エネルギーだ。日本は危機をばねに省エネ技術を磨き、効率の良い製品は日本企業が海外に飛躍する原動力になった。エネルギー消費の増大に直面する新興国に、日本の技術を広げる余地はまだ大きい。

40年前に産油国が石油メジャーから奪い取った原油の価格主導権は、1980年代に市場へと移った。電子取引システムが絶え間なく動く現在の原油市場にはヘッジファンドや年金基金などの資金も入り込む。

「アラブの春」で中東・北アフリカ情勢が混迷した2011年2月には、欧米合わせた1日の原油先物売買高が20億バレルとサウジアラビアの200日分の生産量に匹敵する水準に膨らんだ。米国の金融政策や投資資金の影響を強く受け、1日で相場が急変することも珍しくなくなった。

政府は各国と連携し、原油相場を動かす様々な動きに目配りしていく必要がある。石油危機の73年に変動相場制に移行した為替は、為替予約などによるヘッジが企業に浸透している。多くの原燃料を輸入に頼る日本企業は、エネルギー価格の変動リスクに備えて先物市場などを利用し、経営安定に向けて対応することが求められる。

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