ジャズ昭和史 油井正一著 独特の口調で体験を語る

2013/9/10付
保存
共有
印刷
その他

本書は日本を代表するジャズ評論家の油井正一(1918-98年)が残したひとつの歴史書である。「ひとつ」と断ったのは、あくまで彼の視点から見た、そして体験からくる歴史観が大胆かつ雄弁にまとめられているからだ。

(行方均編、ディスクユニオン・3800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(行方均編、ディスクユニオン・3800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

古今東西、ジャズに関する歴史書はさまざまなひとによって書かれてきた。中でもこの一冊がありきたりの内容で終わっていないのは、そこに油井ならではの史観や解釈がふんだんに盛り込まれているからにほかならない。

本書は、「スイングジャーナル」誌(現在は休刊)に連載されていた、油井正一語り下ろしの「ジャズ昭和史」と絶筆になった未発表の自叙伝を、「語り下ろし」の聞き手だった行方均(なめかたひとし)が丁寧な構成でまとめあげたもの。前半の「語り下ろし」が際立って面白い。「日本にホンモノのジャズがやって来た時」から「ジョン・コルトレーン以降」までの全23回。油井のジャズ体験が独特の語り口調で綴(つづ)られていく。熱狂的なファンでありながら一方ではきちんと分析していく冷静さ。これらふたつが油井の中には同居していた。

戦後の日本におけるジャズ・ミュージシャンについて、「とてもそんな音楽で食べていける状況ではなかった。コッペパンを水に浸してかじりながら、『信奉する音楽はこれなり』と言って、彼らは黒人のバップをやっておったわけです」と油井は語る。こうした何気ない表現からも、彼が多くのミュージシャンと共にジャズの世界を歩いてきたことがわかる。

どんなときでもミュージシャンに寄り添うように文章を書いてきた油井は、みずからを「ジャズ評論家ではなくジャズ啓蒙家」と名乗っていた。この意識が、ジャズを一部のマニアのものにさせず、広く多くのひとに愛されるものへと普及させた一助(それも大きな一助)になっていた。

700ページ近い大著でありながらいっきに読ませてしまう語り口と文章の面白さ。ジャズを知らないひとでも昭和の歴史が彼の目と感性を通して見えてくる。時代と文化がまさに一体化した史書であり、これこそが油井にしか書けない「ジャズ昭和史」である。

(音楽ジャーナリスト 小川隆夫)

[日本経済新聞朝刊2013年9月8日付]

ジャズ昭和史 時代と音楽の文化史

著者:油井正一
出版:DU BOOKS
価格:3,990円(税込み)

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]