西行弾奏 沓掛良彦著 「国民詩人」が持ち続けた純粋さ

2013/7/30付
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『ホメーロスの諸神讃歌』、オウィディウス『恋愛指南』などの訳、『サッフォー 詩と生涯』などの評論で知られる西洋古典学者である著者は退官後、狂詩・戯文をものするかたわら、和漢の古典詩歌についての著作を発表してきた。本書は『和泉式部幻想』『式子内親王私抄』につづく歌人論であり、あとがきによれば、古典和歌についての最後の著作のつもりという。

(中央公論新社・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(中央公論新社・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

著者は中年以後、とくに西行に親炙(しんしゃ)してきたが、専門外のこととて酒席以外で自説を述べるのを控えてきた。しかし、自らの齢(よわい)が西行の没年に近づくにしたがって最愛の詩人について書き残しておきたくなった、という。

著者もいうとおり、西行はわが国の千数百年の詩歌の歴史を通じて、他の誰よりも国民詩人の名に値する存在である。その歌一首一首も同時代の誰よりも口語的で、難解なところはない。しかし、それにもかかわらず、西行という歌人はわかりやすいとはいえない。そこがまた西行の魅力でもあって、その魅力のゆえんを解くべく、著者は伝説、宗教、遁世(とんせい)、漂泊、花、月、恋、無常……など、さまざまの面から光を当てる。

そのために著者の繙(ひもと)いた参考文献は驚くべき数にのぼるが、そのどれにも虚心に対しつつ、全面的に従うことはしない。つまるところ著者が拠(よ)るのは、テクストとしての西行の歌と、それに対する著者自身の読みだ。その結果見えてくるのは、西行の二十三歳での突然の発心・出家以来、恋や、自然に対しても、歌に対しても、仏道に対しても、生涯にわたって変わることのない、うぶとしか言いようのない純粋さだ。

そんな西行のありようを、著者は「偉大なる素人歌人」と形容する。この稀有(けう)なアマチュア性が西行を古今独歩の自然詩人、宗教詩人、思想詩人にしたことを思えば、八百数十年後の私たちの西行に学ぶべき最重要の一点は、アマチュア性を恥じず怖(おそ)れず純粋さを生きること。それが西行が他の誰にもまして国民詩人として慕われつづける理由ではないか。自身歌学のアマチュアを名乗る著者による西行評伝の示唆するところは詩歌を超えて、私たちの生きかたにまで及んでいる。

(詩人 高橋睦郎)

[日本経済新聞朝刊2013年7月28日付]

西行弾奏

著者:沓掛 良彦
出版:中央公論新社
価格:2,625円(税込み)

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