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世界を回せ(上・下) コラム・マッキャン著

都市に住む多様な人々の声

ニューヨークを舞台にした、9・11以降を見据えた小説だ。

(小山太一・宮本朋子訳、河出書房新社・各1900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

ある朝、ニューヨーカーたちが世界貿易センタービルの上空を眺めている。だが、それは2001年に同時多発テロで崩壊するツインタワーではない。ビル完成の翌年(1974年)の夏、ある男が2棟のあいだに鋼鉄ロープを張って決死の綱渡りを行った、その有様(ありさま)を見ているのだ。

この冒頭の描写は、小説の基調をなす。生死を賭けたアクロバティックな行為が、9・11以降に荒(すさ)んでしまった人々の心に、癒(いや)しのヒントを与えてくれるからだ。

作家は失われたタワーを回復するために過去にさかのぼるが、それは過去を美化するためではない。たびたび同じ74年夏のニクソン大統領辞任劇や、米国が関与する戦争への言及がなされるからだ。

とりわけ、ベトナム戦争で息子たちを失った母親の会が象徴的だ。メンバーの中の上流階級の白人女性クレアと下層階級の黒人女性グロリア。階級も人種も異なりながら、悲しみを共有する2人が、誤解を乗り越えて心を通わせる。これも当事者にとってみれば、一種の危うい綱渡りなのだ。バランスを失わないように勇気を奮って行う心の綱渡り。

小説の語りに着目すると、一人称と三人称の語りが並存する。とりわけ、一人称の語りは、作家の分身とも言えるアイルランド人キアラン以外、ほとんどが女性だ。

中西部出身の大金持ちの娘で、ソーホーでのきらびやかな生活に飽き足らない思いを抱く画家のララ。貧困地区サウス・ブロンクスに住む中年の黒人売春婦ティリー。夫を戦闘で失ってグアテマラから子供を連れて亡命してきた看護師アデリータ、そして前述したグロリアなど。

ウォールストリートばかりがニューヨークではない。この都市には実に多種多様な人種や階級、思想や信仰を有した人々が住んでいる。紋切り型でない彼ら一人ひとりの「声」を作り出すこと。それこそ、作家が「グラウンドゼロ」という舞台に仕掛けたアクロバティックな言葉の「魔術」でなくて何であろうか。

(明治大学教授 越川芳明)

[日本経済新聞朝刊2013年7月28日付]

世界を回せ 上

著者:コラム・マッキャン
出版:河出書房新社
価格:1,995円(税込み)

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