太平洋の試練(上・下) イアン・トール著 劣勢から立ち直った米海軍

2013/7/24付
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本書下巻の帯には「米国が戦争に負けていた180日」とある。たしかに真珠湾からミッドウェーまで、日本海軍はほぼ連続して勝利を重ねた。アメリカを含む連合国からすれば、真珠湾、フィリピン、マレー沖、インド洋と負け戦の連続であった。とりわけ航空戦については、機体(特にゼロ戦)の性能の面でも、パイロットの技術・練度・経験の面でも、戦術・戦法の面でも、日本海軍が連合国海軍を上回っていた。

(村上和久訳、文芸春秋・各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(村上和久訳、文芸春秋・各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

しかしアメリカ海軍は、やがて真珠湾の衝撃を乗り越え、劣勢に耐え、人種的偏見等から侮っていた日本海軍の優秀さを認めて、そこから学ぼうとし、徐々に立ち直ってゆく。本書は要するにこの立ち直りの物語であり、そこにアメリカで好評を得た理由があるのだろう。著者は、立ち直りの経緯を、海軍軍人たちが織り成す人間模様をまじえて、生き生きと描いている。海軍作戦部長で合衆国艦隊司令長官のキング、太平洋艦隊司令長官に起用されたニミッツ、機動部隊司令官のハルゼー、スプルーアンス、フレッチャー、ハワイの太平洋艦隊司令部で暗号解読に従事したロシュフォートなど、個性豊かな軍人たちのリーダーシップや苦悩が浮き彫りにされている。

本書の焦点は、もちろん戦闘場面に当てられている。例えば、真珠湾直後のウェーキ島をめぐる攻防戦は、これまであまり知られていなかった戦闘を紹介したものと言えよう。珊瑚海海戦でのアメリカ海軍側の動きも、興味深いものがある。圧巻はやはりミッドウェーだろう。著者の描写は、戦記がしばしば陥りがちな細部のくどさがなく、それでいて臨場感と緊張感が溢(あふ)れている。多くの専門的な戦史研究と戦闘参加者の手記を、よく読みこなしていることが伺われる。

惜しまれるのは、著者が日本語を読めないためか、日本の状況を描写する際に英語文献だけに依拠していることである。その依拠文献の偏りのせいで、特に日本の政治状況に関する描写は、ややバランスを欠いている嫌いがある。この点からすれば、第3章は読まなくていい。第3章を外しても、本書を読む価値は十分にある。

(国際日本文化研究センター教授 戸部良一)

[日本経済新聞朝刊2013年7月21日付]

太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで 上

著者:イアン トール
出版:文藝春秋
価格:1,680円(税込み)

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