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春秋

むかしは江戸の海にも鯨がやってきたらしい。その証拠に東京・東品川の利田(かがた)神社には鯨塚、つまり鯨のお墓がある。寛政10年(1798年)5月、沖合に迷い込んだ大物を漁師らが捕まえ、将軍の上覧に供する大騒動となった。供養のため、のちに塚を築いたという。

▼こういう風習は日本中にあった。苦心して捕獲した鯨をあますところなく利用し、その恵みに感謝して霊をとむらったのだ。鯨塚は東北から九州まで広く分布、なかには戒名をつけてもらった鯨もいるという。かくも高い精神性を伴ってきたのが日本の捕鯨文化なのだが、感情的な反捕鯨運動の前に立場はますます厳しい。

▼南極海での日本の調査捕鯨中止を、オーストラリアが国際司法裁判所(ICJ)に訴えた裁判が結審した。年内にも判決が出る運びだ。国際的なルールのもとでの行為をやめさせようとは提訴自体に異文化への不寛容がにじむ。ICJは敢然と退けてほしいけれど、判事の過半数は反捕鯨国の出身でもあり予断を許さない。

▼遠い海まで出かけて捕るよりも沿岸捕鯨の復活に力を、という声もあって問題は複雑だ。しかし世論があまり盛り上がらないのは、鯨を食べる機会がめっきり減ったせいでもあろう。狂信的な団体の妨害もあって捕獲が減り、鯨食がますます廃れていく仕儀だ。鯨塚を築いた先人たちの思いを、どうしたら引き継げようか。

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