新・ローマ帝国衰亡史 南川高志著 国境地帯の実態と新たな知見

2013/7/17付
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野心的な書物である。エドワード・ギボンの大著『ローマ帝国衰亡史』の向こうを張って、21世紀にふさわしいローマ帝国衰亡史を書こうというのだから。だがこの書物は、野心的ではあるが、近年のローマ史学界の動向の精査と著者の長年にわたる地道な研究の堅実な基礎の上に書かれている。

(岩波新書・760円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(岩波新書・760円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「ゲルマン人」という用語も「西ゴート族」「東ゴート族」という用語も使わないと、読者を戸惑わせるような宣言もあるが、先入観に染まったローマ帝国像を覆したいという願いが込められた用語選択ゆえ、我慢して読みたい。

本書によって、栄えていた国が衰退するとは一体どういうことか、現代日本に生きるわれわれにとっても人ごとではない問題に思いを馳(は)せながら、ローマ帝国衰退の真の原因に迫ることができる。

著者によれば、ローマが衰退したのは、広大な地域に住む多様な人々によって担われ、暮らしに密着した具体性をも備えていた「ローマ人である」という魅力的なアイデンティティーが失われたからだという。そうすると、476年という世界史の教科書にも載っている年ではなく、むしろ5世紀初頭の一連の出来事こそが、政治的には決定的に重要になる。

帝国の辺境属州の実態解明から考察を進める本書の教えてくれる新知見は、ほかにもある。ローマといわゆるゲルマンの「国境」とは、文明と野蛮の境界線などではなく、様々な人々が混ざって生活する広範で曖昧な性格の移行地帯であったこと、だからこそ、外部世界から属州に入ってローマ人になることが容易だったのだし、著者が「第三の新しいローマ人」と呼ぶ帝国外部族出身者が、能力を発揮し皇帝に重用されて高位に登りつめることもできたのである。

疑(うたぐ)り深い性格のコンスタンティウス二世の血腥(なまぐさ)い帝国統治と「背教者」ユリアヌスの短いながらも目覚ましい活躍を活写した部分は、歴史叙述としても非常に興味をそそられた。

4世紀初頭から約1世紀間という比較的短い期間を扱いながら、射程は現代にまで届く本書は、どの時代を考える上でも、きわめて啓発的であろう。

(東京大学教授 池上俊一)

[日本経済新聞朝刊2013年7月14日付]

新・ローマ帝国衰亡史 (岩波新書)

著者:南川 高志
出版:岩波書店
価格:798円(税込み)

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