2019年1月16日(水)

メディアとしての紙の文化史 ローター・ミュラー著 紙がはたしてきた役割を説く

2013/6/24付
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ペーパーレス時代の到来と言われてひさしい。けれども、いまだにデスクのパソコンまわりは、紙だらけだ。これは、いったいどうしたことなのか。力不足のゆえに、世の中の標準についていけないからか。

(三谷武司訳、東洋書林・4500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(三谷武司訳、東洋書林・4500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

しかし、本書を読んでおおいに力づけられた。なにしろ、デジタルコピーとアナログ蔵書とは、並行するのであって、前者が後者を駆逐しつくすわけではないと。べつの言いかたをすれば、デジタル化のもとでも、アナログの紙はじゅうぶんの使用価値を発揮しつづけるはず。両者は、「共時的緊張関係」を維持しつつ、共存する。この理解を敷衍(ふえん)すれば、かつてメディア論の泰斗マクルーハンが、グーテンベルクの活字印刷と近代文化について唱えたところをも覆すだろう。

紙は、中国で紀元前後に発明され、アラブ世界をとおって、ヨーロッパに伝達された。先行するパピルスや羊皮紙を乗りこえて、主役に躍りでた。そこで、写本や印刷本を支えることになる。

紙は軽くて、折りたたむことができ、植物繊維やぼろ布から簡便、安価に梳(す)くことができる。書籍や文書に使えるし、ラブレターにもトランプにも、紙幣にも凧(たこ)にも応用できる。なんと、まっさらの白紙ですら、かえって雄弁な思想を媒介・代弁することだってある。主役とはいいがたいが、無言の協力者となって、画像や記号の伝達のためにメディアを提供してきた。

著者ミュラーは、おもにヨーロッパの文学・思想表現を素材としながら、紙がはたしてきたその役割をひろく説きおこす。むろん、製紙産業や新聞メディアの興隆もその一環だ。この論脈から、読者は気づくことになろう。かりにデジタル技術によって、活字印刷が駆逐されたとしても、それよりも古い履歴をほこる紙は、したたかにその住処(すみか)を維持していくはずと。

説得力ある議論だ。だが、紙文化の先駆者である東アジア人たちは、じつはもっと広範な可能性を、その歴史のなかで開発してきたようでもある。ミュラーへの応答が、地球の東側から送られても、おかしくない。

(西洋史家 樺山紘一)

[日本経済新聞朝刊2013年6月23日付]

メディアとしての紙の文化史

著者:ローター ミュラー
出版:東洋書林
価格:4,725円(税込み)

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