近代日本の官僚 清水唯一朗著
明治国家の人材供給機構を詳解
本書は政治や歴史、人材育成に興味のある人にとって、実に情報量の多い、刺激的な作品である。ここに登場する人物たちについて散発的に知っている情報が、明治国家体制という大きな絵図を背景に浮かび上がってくる。明治維新政権という革命的政権による統治機構についての制度的な試行錯誤がフォローされると共に、その制度環境の中で必死に努力し、栄達を望む人材供給メカニズムに目を向けたことによって、本書の情報は質量ともに豊かになっている。

そして何よりも明治国家が統治の担い手にいかに大きな重要な関心を持ってきたかという事実は、戦後の万事成り行き任せの実態と比べ、新鮮な印象を与える。その際、維新官僚から行政官僚へ、行政官僚から政治家への転身というコースが明治国家の政党政治への内的発展の表現であり、その行き詰まりがこの国家そのものの行き詰まりを意味したというのが本書のメッセージであるとすれば、本書には成功物語と試練物語との双方をバランスよく描く課題があるはずである。
この点で、軍官僚制などを含めもっと対象を広げなければならないはずであり、例えば、昭和戦前期への本書の言及や分析が必ずしも十分でないという感想を持つ読者がいてもおかしくない。また、戦後についても言及がないわけではないが、もっと著者の具体的な見解を聞きたいというのは読者の率直の感想であろうし、新書といった形での続編を期待したい。
更(さら)に、政治と官僚制の問題は日本では大きな争点であり続けており、この問題についても綿密な歴史研究をバックに持つ著者の見解に対する期待は決して小さくないであろう。このような期待や願望が次々に出てくるのは本書が刺激的だからである。
官僚(制)と政治との関係は、政党がどのような形状、組織、体制を備えているかによって大きく左右される。戦後の自民党においても当選回数主義の登場が官僚制からの人材リクルートに大きく影響したといわれている。政官関係の究明のためには、戦前の政党についての情報をもっと増やすことが求められよう。
(政治学者 佐々木毅)
[日本経済新聞朝刊2013年6月16日付]
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