日本の恋の歌 馬場あき子著 磨き上げた洗練のきわみ

2013/5/21付
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現代を代表する歌人が、平安朝から南北朝までの恋の歌を語り尽くす、この上ない魅惑に満ちた本である。歌と共に場面を描き出す巧みな語りは、時として、著者こそその場の歌人ではなかったのかとさえ思わせる。

(角川学芸出版・2分冊・各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(角川学芸出版・2分冊・各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「貴公子たちの恋」「恋する黒髪」と2巻に分かれて質量共にたっぷりだが、息つくひまもなく読んでしまった。

いにしえの高貴な男女が、恋を芸術にまで磨き上げた洗練のきわみに圧倒される。そこには必ず歌がなくてはならないのだ。

とりわけ力を入れて語られるのが、「色好み」の系譜である。

単なる好色ではなく、恋の情趣を知り抜いて、その折り折りの「みやび」に身を捧(ささ)げた人々。

在原業平がよく知られているが、ここでは少し後の時代の、陽成院皇子元良親王が巻頭に取り上げられている。

 わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はんとぞ思ふ  元良親王

「百人一首」に収められている歌だが、これが宇多院の晩年の愛人京極の御息所に贈られたものであり、若くして退位させられた父陽成院の怨恨を背負った不敵な「みやび」であったと知ると、下の句にこもる心の深さが感じられる。

王朝の貴族にとっての恋は、自然な性愛を超えて、存在の証明にも等しいものだったのであろう。

宮廷を中心とした権力の構造があり、通う男と待つ女の非対称な関係性がある中、個人の才華や美質は、恋という場で、歌によって表される時、最も輝いたのにちがいない。

著者は、時代が下るにつれて、恋の現場の即詠から題詠に移ってゆく歌の中にも純粋な心情を見出(みいだ)している。武家の世となって、滅びてゆく王朝の名残の花こそ恋であり、やがて恋の名のもとに、大きく人生や世界がうたわれる。

 音せぬがうれしき折もありけるよ頼み定めて後の夕暮  永福門院

伏見院中宮という最高の身分にありながら、「うれしき折もありけるよ」と揺れる心が美しい。

(歌人 水原紫苑)

[日本経済新聞朝刊2013年5月19日付]

日本の恋の歌 貴公子たちの恋

著者:馬場 あき子
出版:角川学芸出版
価格:1,680円(税込み)

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