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めぐりあうものたちの群像 青木深著

占領期日本の駐留米兵と音楽

言うまでもなく歴史とは人々が生きて交わってきた無数の瞬間の痕跡であり、それぞれの瞬間は漏れなく現在に結びついている。言い換えればそういった瞬間瞬間の積み重なりが「幅と厚み」(石子順造)をもって現在に接しているものが歴史であり、ある瞬間にそこにいた人々の、土地や場所や建物などとの関係も含めた息吹や記憶、次の瞬間には別の土地や場所へ移動したかもしれない人々の縁や軌跡などまで記述されてはじめて、歴史は冷たく固着されたものであることをやめ、現在と交錯しうるものになるはずだ。

だがこれは言うは易しというもので、3次元以上あるその幅と厚みを、2次元かつ線形的であることを本質的に免れない書物というメディアで再現あるいは表象することは原理的に不可能である。

本書の最大の特徴は、無茶(むちゃ)と承知しながらその不可能性に真っ向から取り組んだところにある。

具体的にはこの本は、GHQ占領下、日本各地に設けられた基地や接収施設、その周辺の歓楽街などで鳴った音楽と人々との関わりを対象としている。つまり進駐軍クラブと音楽が主題だ。

ただし既存の研究とは大きく異なる点があり、それが第二の特徴なのだが、日本に駐留した米軍将兵に焦点が当てられているのだ。著者は言う。占領期について様々な研究がなされてきたが「戦後に来日した米軍将兵に関しては、名前と顔の見えない画一的な像しか提供されていない」、だからその欠落を埋めたのだと。

むろん資料はほとんどない。内外の文献を渉猟した上で著者は、日本各地はもとよりアメリカへも何度も足を運び、邦人の関係者および在日経験のある元兵士たち約150人から彼らの「瞬間」を聞き出すという実に遠大な作業をこなし、2段組で5百頁(ページ)超の本文、11の挿話や解説、4百近い注釈により「個々の時間/瞬間」の絡み合う連なりを描き出した。

ときに著者の人生さえも交差する手法については、その特異さゆえに時の評価を待たねばならないだろうが、このやり方でしかなしえなかった達成は数え切れない。巨大で偉大な仕事である。

(評論家 栗原裕一郎)

[日本経済新聞朝刊2013年5月12日付]

めぐりあうものたちの群像: 戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958

著者:青木 深
出版:大月書店
価格:5,460円(税込み)

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