2019年8月21日(水)

卒業式の歴史学 有本真紀著 近代日本特有の文化を分析

2013/4/16付
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東京大学が「秋入学」導入を打ち出したとき、私は当然、東大は「夏卒業」への移行を小・中・高校にも呼びかけるものだと考えていた。7月卒業ならば、夏休み中に入試が出来る。《蛍の光》が歌われ始めた当時、軍学校以外の学生は7月に卒業していた。当然、その歌詞に春のイメージはない。

(講談社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(講談社・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

だが今日、東京大学でさえ「春卒業」は動かせないようだ。「卒業式は桜の季節」という国民感情の強度を私も過小評価していた。本書は日本独特の共感システムを成立過程から丹念に分析している。

日本最初の卒業式は、1876(明治9)年に陸軍戸山学校で催された。その3年後、同志社などキリスト教学校も卒業式を実施している。近代軍隊もキリスト教も舶来品だが、日本の卒業式は初等教育で独自な発展を遂げた。

だが、明治20年代までの小学校は同学年でも年齢にばらつきがあり、卒業式は試験行事に組み込まれていた。落第者も多く、喜びを分かち合う儀式は難しかった。

1892(明治25)年、全国の小学校は4月始業で統一され、このとき3月の卒業式も全国化した。ここに卒業式は桜のイメージと結合した。さらに日露戦争前後、教科書国定制度、同年齢生徒による学級制などが成立している。

こうして国民化された卒業式は答辞などの朗読や合唱で共通の集団的記憶を立ち上げる儀式となった。念入りな予行演習が繰り返され、観客の前で演じられる卒業式は、確かに近代日本に特有な学校文化である。演出者である教師は成功の証しとして、「涙の共同化」を追求した。そのため卒業式は学校生活の区切(くぎり)や祝いの行事ではなく、「みんなの心を一つにする」教育の成果発表会となった。そこで斉唱される歌は、同じ場所に集まった「私たちの感情」へ捧(ささ)げるミサ曲だった、と著者はいう。

学校儀式における卒業式の比重は、むしろ戦後に高まったようだ。特に、さらなる自主性・主体性の動員を求めた民主的な教師たちは、全員参加の「呼びかけ」式スタイルを普及させた。ここに完成した涙の国民化システムにおいては、使用される音楽がJポップ卒業ソングでもかまわないわけである。

(京都大学准教授 佐藤卓己)

[日本経済新聞朝刊2013年4月14日付]

卒業式の歴史学 (講談社選書メチエ)

著者:有本 真紀
出版:講談社
価格:1,680円(税込み)

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