変 莫言著
時代の変化を描く自伝的小説
現代中国を代表する作家莫言(ばくげん、モーイエン)による自伝的小説である。短編に近い中編小説でありながら、1949年人民共和国建国前に父親が豊かな自作農であったため政治的差別と貧困、そして「容貌奇怪」に苦しんだ少年期、人民解放軍に入隊し、小学校中退ながら独学で訓練大隊の教員となり、やがて創作を開始する青年期、そして世界的大作家となる中年期という人生の大変化が、ペーソスたっぷりに語られている。

そのいっぽうで、故郷の幼馴染(なじ)みや解放軍の上官・戦友のエピソードにより、時代の変化も生き生きと描いている。高級インテリ政治犯たちが小学校代用教員を務める傍らで、エリート国営農場では朝鮮戦争(50年開戦、53年休戦)の英雄がソ連製のトラックGAZ51を乗り回していた人民共和国毛沢東時代(~76年頃)、故郷の駅前の国営食堂を個人営業の店が圧倒していくトウ小平時代(~97年)、そして小学校時代の悪友が共産党官僚と結託し、不動産投資で成金(なりきん)へとのし上がっていくポストトウ小平時代という具合である。
それにしても、朝鮮半島の戦場で烈士の鮮血を車体に塗り付けたGAZ51は霊性を帯びて精霊に化身する、という解放軍ベテラン運転手の述懐を聞いて、語り手の「私」が軍用トラックと農場の同型トラックとが恋愛し、交尾して子トラックを産む夢を見るとは、中国魔術的リアリズムの面目躍如たるところがある。しかも結末部では、農場トラック運転手の娘であった美少女が、共産党地元エリートたちと不幸な結婚を繰り返したのちに、娘の芸術学校入学の口利きを頼みに、2010年頃に「私」を訪ねてくるのだ――1万元(約13万円)の賄賂持参で……。
莫言は昨年12月のノーベル文学賞受賞記念講演「物語る人」で、「私は一人の物語る人です」と語った。確かにコンパクトながら本書でも、激変する人生、激動する中国において習得されてきた物語りの絶技が、余すところなく披露されているのである。
(東京大学教授 藤井省三)
[日本経済新聞朝刊2013年4月14日付]