/

官製「クール・ジャパン」稼げるの?

 「政府が『クール・ジャパンを日本の新たな収益源にしよう』と呼びかけているけどうまくいくかしら」。女子学生の疑問に探偵、松田章司が立ち上がった。「その言葉は聞いたことがあるけれど詳しく知らないな。よし、調べてみよう」

国内頼み、海外戦略は後手

最初の訪問先は、アニメやゲームなどのコンテンツ産業に詳しい三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員の白藤薫さん(50)。「クール・ジャパンは、かっこいい日本と翻訳されます。海外で日本製のアニメやマンガの人気が高まり、クール・ジャパンという言葉が普及しました」。家電や自動車などの輸出産業に陰りが見られる中、コンテンツ産業に期待する声は多いが「人気の割には日本企業にあまり利益をもたらしていません」。

種類別に輸出入額を比べると、輸出が輸入を上回る「黒字」はゲームだけで、映画、音楽、書籍などは軒並み輸入超過。「規模が大きい国内市場で稼げるので海外でもうける発想が乏しかったのでしょう。政府はコンテンツ、ファッション、『食』などの文化産業を海外でも稼げる産業に育てたいのです」

民主党政権時の政府の推計によると、日本以外の世界の文化産業の市場規模は2011年時点で約530兆円で、20年には900兆円超に拡大する見込み。11年の食を除く日本勢の売り上げは約2兆円で、20年までに8兆~11兆円を獲得する目標を掲げていた。

安倍晋三内閣は6月をめどにまとめる「成長戦略」に改めて「クール・ジャパン」戦略を盛り込む模様。

次に、ゲームソフトなどを企画・開発するエンジンズ(大阪市)取締役プロデューサーの足立靖さん(47)を訪ねた。同社はゲームソフトを活用して全国各地の食文化の魅力を伝え合う「ベジスタ」と呼ぶイベントを手がけている。海外も意識する足立さんは2月、シンガポールの子供たちに沖縄料理を紹介した。「海賊版などの問題があり、中小企業が単独で海外進出するのは難しいです」

政府主導には賛否両論

「政府の取り組みを説明してもらおう」。次に東京・霞が関の経済産業省に向かった。「海外各地で日本文化を紹介するイベントや商談会を開いたり、共同製作の推進などを目的に外国政府と協力協定を結んだりしています。日本企業の海外展開の呼び水にする狙いがあります」とクリエイティブ産業課長の岸本道弘さん(46)。海外で日本ブームを起こし、商品・サービスを販売して利益を上げるのが目標。「本場を見たい」と日本を訪れる観光客を増やす効果にも期待する。

2月26日~3月3日、中国・上海で「ファッション・ウイーク・トーキョー・イン・チャイナ」が開かれた。経産省の「クール・ジャパン戦略推進事業」の一つで、日本のファッションブランドが並び、来場者は一日平均で500人を超えた。支援した伊藤忠ファッションシステム(東京都渋谷区)の新谷誠さん(59)に聞くと「日本への関心の高さを改めて感じました。海外の業界団体や企業とのパイプをつくるなどイベントを一過性に終わらせない工夫が必要です」。

「海外進出に弾みがつきました」と声をかけてきたのは藤城悠二さん(31)。エレクトロニクス製造・販売のリアル・フリート(東京都渋谷区)のデザイナーだ。政府の支援を受け、2月にニューヨークで開かれた日本の皮革製品の展示会に、充電池を搭載してスマートフォンを充電できる革製バッグの新ブランド「ケンジ アマダナ」を出展した。反響は大きく、商談につながっているという。

「政府が乗り出せば本当に文化産業で稼げるようになるのか」と所長に突っ込まれた章司。そこで、世界のマンガ文化を研究する東京工芸大学准教授の細萱敦さん(50)に「政府の役割」について意見を聞いた。

「制作者は独立心が旺盛で、国の出番はあまりないと考える人が多いのでは」と分析した。「学園モノ、スポーツから恋愛まで日本ほどマンガがあらゆるテーマを網羅する国はありません。『ドラゴンボール』や『美少女戦士セーラームーン』など海外でアニメが人気を呼び、原作が翻訳されてヒットしています」

経済学の貿易理論では、自由貿易に参加する国は生産効率などで他国より「比較優位」がある産業に特化していく、とされる。ただ、比較優位を持つ産業を政府主導で育てられるかどうかは議論が分かれている。

「どこまで政府が関与すればいいのかな」と悩む章司に野村総合研究所主任コンサルタントの坂口剛さん(35)が助言した。「自力で海外市場を開拓できる業者は一握りの大手で、大半は中小企業です。政府には企業間の連携の促進、模倣品・海賊版対策、政府間協議による進出支援などを期待します」。官民一体で文化産業の海外展開に注力してきた韓国の例を挙げて「コンテンツ、ファッション、消費財産業が連携しながら、アジア市場に韓流ブームを起こした手法を見習うべきです」と強調した。

ちょうどそこへデジタルハリウッド大学大学院客員教授の杉浦幹男さん(42)が顔を出した。13年度のクール・ジャパン関連予算(概算要求の段階)は政府全体で約150億円。なお韓国などを下回るが、増加傾向にある。「政府主導が行き過ぎると予算の無駄遣いにもつながりかねません」

杉浦さんが提案するのはヒトへの投資。「海外市場の動向をつかみ、クリエーターとのつなぎ役となるプロデューサーの育成が急務です。若いクリエーターの就職支援、処遇改善も欠かせません。政府は人材育成・活用を促す制度作りなどに重点を置くべきです」

「うちも海外進出しましょう」と提案する章司に「もう少しクールな報告書を書けるようになったらね」と所長がチクリ。

<国内での認知度は 最近の調査では4割超す>

日本のポップカルチャーを紹介するイベント会場 (2012年7月、パリ郊外)

「クール・ジャパン」という言葉を知る人は41.8%。市場調査のネオマーケティング(東京都渋谷区)が2月に実施したインターネット調査でこんな結果が明らかになった。調査対象は20~69歳の男女で、有効回答は500人。同社代表取締役の小林康裕さん(38)は「日常会話にあまり出てこない言葉にしては認知度が高い」と分析している。

東京工芸大学が2010年春に千人を対象に実施した調査では、「クール・ジャパン」の認知度は29%。「クール・ジャパン」として世界に紹介したい日本文化を尋ねると、アニメ、マンガ、日本食、日本らしい風景、ゲームなどが上位を占めた。同大学学事部の林哲也さん(39)は「今、再び調査すれば認知度はもっと高いはず」と予想する。

米国人ジャーナリストが、アニメやファッションなどの日本文化が世界市場を席巻する可能性を示した02年の論文「ジャパンズ・グロス・ナショナル・クール」(日本国民総かっこう良さ)が「クール・ジャパン」という言葉の起源とされる。それから10年以上がたち、日本での認知度は高まってきたが、なお潜在力を生かし切れていない。

(編集委員 前田裕之)

[日経プラスワン2013年3月23日付]

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

関連キーワード

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン