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人事異動、なぜ希望は通らない?

 「春の人事異動で希望していない職場になりました。周りでも望み通りになった人は少ないです。なぜ希望がかなわないんでしょう」。若手会社員が疑問を持ち込んだ。「働く人の切実な声ですね」。探偵、松田章司が調査を始めた。

組織の利益ふまえ配置

「人事異動の希望が通らない社員はどれくらいいるのかな」。章司はリクルートワークス研究所の「ワーキングパーソン調査」を見つけた。最近の異動が「希望に基づいている」との回答はわずか3割だった。

「やっぱり希望はかなわないんだ」。章司は、人事コンサルティングを手掛けるリクルートマネジメントソリューションズ(東京都千代田区)の宮崎茂さん(46)に事情を聴いた。「1980年代後半から90年代にかけて、希望部署の自己申告制度が広がりましたが、すべての希望をかなえると不都合が起きます」

「隣の芝生は青く見える」という言葉があるように、今の業務のつらさから逃れるため他部署を希望することも多いと宮崎さんは指摘する。異動先でがんばる社員もいるが、能力を発揮できなければお互いに不幸だ。会社が割り振った方がよいこともある。

章司が次に向かった神奈川県庁。2007年春異動から職員が行きたい部署と面談をして、合意すれば異動できる「庁内FA(フリーエージェント)制度」を導入した。だが西海裕之さん(45)の表情は複雑だ。

「実は庁内FAは11年に廃止しました」。初年度は職員約9000人のうち制度を使った異動は約20人にすぎず、その後も減り続けた。面談に行っても「採用したいが、代わりに出せる人材がいない」と断られるケースもしばしばあった。

個々の部署に必要な人数は決まっている。新しい人材を採ったら、代わりに他の部署へ移る人が必要だ。全国各地に拠点を持つ大企業では、転勤も伴うため調整は並大抵ではない。

章司は、人事管理に詳しい学習院大学教授の今野浩一郎さん(66)に意見を求めた。「正社員は会社の都合でどんな職場でも異動しなければならないので良い待遇で報いているのです」

同じ仕事でも総合職の正社員はパート社員より年収が高く福利厚生も手厚い。出世する可能性も高い。それは、会社の命令に従う対価としての「ガマン料」が含まれているのだという。

企業の人事に詳しい東京大学教授の高橋伸夫さん(55)も「会社は長期雇用を前提に様々な部署で経験を積ませます。希望しない異動もあるけれど、社員は様々な職場で自分の適性を見つけ、伸ばせるメリットもあるのです」と説明する。

代替人材確保 至難の業

「そんなに"ガマン"できる人ばかりかな」と章司はつぶやいた。人事コンサルティングのクレイア・コンサルティング(東京都港区)が昨年、正社員を対象にした調査では、39%が「景気次第では転職を考えたい」と回答。2年前の前回調査より13ポイントも上昇していた。高度成長期とは違い、会社や事業の先行きが不透明で職場の閉塞感が強まっていることが社員の意識の変化の背景にあるという。

しかも高齢化が急速に進んで、親族の介護で地元を離れられない人も増えた。出産や育児などと仕事のバランスをどうとるかも大きな課題になった。「今後はこういった家庭の事情を抱える優秀な社員も手放さず、活用できるかが企業の競争力を左右するでしょう」と今野さんは指摘する。

「具体的にはどうすればいいのかな」。章司が喫茶店で資料をまとめていると、サイバーエージェントで人事を統括する曽山哲人さん(38)が声をかけてきた。「将来のキャリアについて社員と会社が日ごろから話し合うことが大事です」

ネットサービスで成長する同社は社内組織が頻繁に変わるため、肩書の変更なども含めると社員1人当たり平均で年間3回異動を経験するそうだ。希望部署と面談して移る「キャリチャレ」という仕組みもある。「直属の上司とは月1回、人事担当者とも3カ月に1回面談します」と曽山さん。常に話し合っておけば、急な異動でも本人の希望を反映させやすい。もちろん本人の希望に沿わない異動もあるが納得してもらいやすいという。

「他にも参考にできる方法はないかな」。事務所に戻ると、所長が助言してくれた。「昨年のノーベル経済学賞は、人や組織などの最適な組み合わせを見つける研究が受賞したぞ。人事異動にも応用できるんじゃないか」

その理論は「マッチング理論」といい、米国で研修医を病院に配属する仕組みなどに使われている。章司は、政策研究大学院大学助教授の安田洋祐さん(33)に意見を求めた。

「私が知る限り企業の導入例はありませんが、応用方法は考えられますよ」。例えば、社員は行きたい部署の順位を、部署側は来てほしい社員の順位を決めてリスト化する。人事部が社員側と部署側のそれぞれの優先順位と選択肢を基にして機械的に組み合わせをつくっていく。最終的な組み合わせは最も双方の希望がかなった状態になる。

「ただ、問題点もありますよ」と安田さん。お互いの希望を最大限反映した組織が会社全体の利益に貢献できるかどうかわからない。同じ社員が同じ部署にいる期間が長くなる場合もあり、他の部署で発揮できる能力があっても生かし切れない恐れがある。「組織全体の利益も考えて人材を配置することも重要なのですね」と章司はまとめた。

報告を終えると、所長が章司に言った。「私も君たちの適性や能力を評価して仕事を任せているじゃないか。理想の上司に巡り合って幸せだろう」

<就職活動は情報化 大量エントリー、互いに疲弊>

学生のエントリー社数は増えている(2012年12月、東京都内の就職フェア)

2014年春の入社を目指す学生の就職活動が動き出した。リクルートキャリア(東京都千代田区)の調査によると、14年卒就活生の平均エントリー社数は、1月12日時点で26社にものぼるという。

学生はインターネットで会社情報を集め、就活サイトから簡単にエントリーできるようになった。選考を申し込むコストが下がり、受ける企業数は大幅に増えた。手書きのはがきで資料請求し、活動解禁日にスーツ姿の行列をつくったのは昔の話だ。

だが就活の情報化が進んだことで、学生と企業がお互いを見極めるのが難しくなっている面もある。学生の場合、就活のスケジュールに追われ、企業研究が雑になっている状況が生まれている。

人気企業には数万人の学生が申し込むこともある。企業もそこから自社に合う優秀な人材を選ぶには、大きな探索(サーチ)コストがかかる。企業は選考を効率化するため、学校名や資格などに頼って選考せざるを得なくなっている弊害も指摘されるようになった。

一日も早く内定を得たいが、相性の悪い企業に入社したのではお互いに不幸だ。就活生が多くの選択肢を有効に生かすことができる工夫も急務の課題である。

(畠山周平)

[日経プラスワン2013年3月9日付]

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