春秋
江戸時代の「勅使下向(ちょくしげこう)」という習わしはさまざまな悲喜劇を生んだ。朝廷の使者がはるばる江戸にやって来る。幕府は饗応(きょうおう)役を決め、勅使が無事に帰るまでつきっきりでもてなすのだ。ささいなミスも許されないから、お役目をたまわった大名は疲れ果てることになる。
▼「忠臣蔵」の討ち入り事件も、この饗応問題が発端だったと物語にはある。勅使下向の春弥生……の歌のとおり、それは陽春の恒例行事だったらしい。さて時代はずっと下って2013年の春弥生。国際オリンピック委員会(IOC)の「勅使」を迎えた東京五輪の招致関係者も、同じくらい緊張しているにちがいない。
▼なにしろ7年後の開催地を選ぶために立候補都市を見て回る評価委の面々である。委員らはきょうから7日まで、施設を視察したりプレゼンテーションを受けたりするそうだ。猪瀬知事は「国家総力戦」と力をこめ、視察の先々では有名な五輪選手たちが待ち受ける。東京五輪の成否を決める、運命の4日間かもしれない。
▼世論の支持もぐっと伸びているようだから一気に勝負をつけたいところだが、レスリングの沙汰をみても一筋縄ではいかぬIOCが相手である。腹を決めて、ここはしっかりと成熟都市の素顔を見てもらうしかない。勅使のためにひと晩で数百畳も畳替えをした忠臣蔵のシーンみたいなことはよして、気負わず取り繕わず。