2019年3月20日(水)

ブラックボックス 篠田節子著 食の「安心安全」をめぐる小説

2013/2/26付
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安心安全という奇妙にセットになったこの言葉は、おそらく現在の日本で最も威力を持つ言葉だろう。私たちの生活全般――衣食住のすべてにおいて、何より優先される重大要件だからだ。

(朝日新聞出版・2100円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(朝日新聞出版・2100円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

とりわけ直接人の口に入る食の安心安全については、どれだけ気を配り、神経質になってもこれで大丈夫ということはない。そこで企業も、最高の環境を整えた工場を用意する。たとえば、野菜を無菌状態のまま処理、加工し、商品として提供するサラダ工場などもそのひとつだ。

だが……本書のヒロインは、まさしくそんな工場で働くうちに、あってはならないものを目撃していく。完璧な衛生システムの下に24時間稼働を続ける機械は、ついぞ掃除されることもなく、こびりついた野菜屑(くず)の山の上に消毒薬が注がれるのだ。また、工場の製品を毎日食べている従業員の間では、アレルギーなどの身体的不調者が続出し、消化器系の癌(がん)で死亡した者や、無脳症と思われる赤ん坊を出産した者も出る。

一方、農家の形態も変わりつつあった。野菜は、もはや畑で作るものではなく、工場で栽培するものとなってきたのである。完全密閉されたハイテク農場で、徹底管理された無農薬無菌の"新鮮"な野菜が、天候に左右されることなく生産され、そのすべてが安心安全のお墨付きを戴いて学校給食などに供されていくのだ。

一切の問題はないはずだった。実際にあらゆる数値から見ても、理想的な野菜を出荷しているのである。しかし……

読んでいて、こんなに怖さが増していく小説はそうあるものではない。その意味では、本書はホラーと称していいかもしれない。淡々とした描写で次第に明らかにされる加工野菜の恐怖や、過酷な労働条件の下で働く外国人派遣従業者の姿など、冗談ではなくぞっとさせられるのだ。が、ひとつ言っておきたいのは、これが「何か」を告発する目的で書かれたものではないということだ。作者の狙いはそこにはない。だったらどこにと言う前に、すべての読者に太陽の光を浴びることをすすめたい。おそらく作者も同じ気持ちだ。

(文芸評論家 関口苑生)

[日本経済新聞朝刊2013年2月24日付]

ブラックボックス

著者:篠田節子.
出版:朝日新聞出版
価格:2,205円(税込み)

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