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ファスト&スロー(上・下) ダニエル・カーネマン著

「直感」と「論理」から意思決定を考察

人間はどのように意思決定をしているか。その際、どのように「間違える」か。本書は、この課題に科学的に取り組んだノーベル経済学賞受賞の心理学者が、一般読者向けに書いたものである。

人間の脳の働きを直感的な「速い(ファスト)思考(システム1)」と論理的な「遅い(スロー)思考(システム2)」の相互作用とみなし、人間の陥りがちな過ちを指摘する。例えば、自分たちの高揚感を頼りにプロジェクトを進めているときには直感に頼り、より論理的に導かれる過去の同様のプロジェクトの成功率(の低さ)を無視するため、「自信過剰」になりがちだという。

これら一連の人間の犯しがちな過ちを、著者は独創的かつ科学的な研究に基づいて解説する。本書は、読みやすさと有用性だけに着目すれば自己啓発本のようにも見えるが、その深さと視野の広さはちまたの自己啓発本にはないものである。

公共政策の観点から本書を読むのもよいだろう。公共政策には自己責任を旨とする自由主義(リバタリアニズム)と、愚民を導くという考えを前面に押し出す父権主義(パターナリズム)を両極端に様々な考え方がある。著者が採るのは、「リバタリアン・パターナリズム」という立場である。ただし、経済と福祉といった二分法に基づく妥協の産物としてではなく、両者を融合させる発想である。

例として、年金制度を考えてみよう。自由主義者は政府が年金制度への加入を強制することに猛反対するが、著者は、年金に加入しやすくしてあげるような、そっと背中を押す政策が好ましく、これならば自由主義者の原則には反しない、と主張する。自由主義者がしばしば想定する合理的人間(エコン)にとっては、このような「そっと背中を押す政策」は効果がないが、カーネマンらが想定する現実の人間(ヒューマン)にとっては、絶大な効果があるという。

直感的な思考と論理的な思考の連携を鍛えて、よりよい意思決定を目指す私人も、経済対福祉、農業対製造業といった二項対立ではなく、よりよい公共政策を探る公人も等しく読むべき一冊である。

(東京大学教授 松井彰彦)

[日本経済新聞朝刊2013年1月20日付]

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?

著者:ダニエル・カーネマン.
出版:早川書房
価格:2,205円(税込み)

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