2019年6月19日(水)

岡崎京子論 杉本章吾著 消費社会の女性像を読み解く

2012/12/25付
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1980~90年代、都市に生きる現実の女性の性や喪失など、リアルな姿を描写し、時代の花形となった岡崎京子。今年は、そんな作者の『ヘルタースケルター』が、17年の時を経て映画化されたこともあり、作者の再評価の機運が高まった。

(新曜社・3400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(新曜社・3400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書もその流れで刊行された一冊ではあるが、単なる関連本ではない。リアルタイムで岡崎京子の洗礼を受けていない79年生まれの研究者が、新たな切り口をもって、岡崎京子の作品を読み解いていくのだ。

これまでの研究は、岡崎京子の登場の衝撃や作品の鮮烈さゆえ、どうしても追憶に引っ張られがちだった。著者のような世代が、どう分析していくか。83年生まれの評者には、特に興味深い試みであった。

例えば、『ジオラマボーイ・パノラマガール』には、舞台となる「郊外」が、メディアの急造した「ホームドラマ」の再演の場として描かれている点を深く考察している。

また、ワニを飼うために売春をするOLの物語『pink』では、高度消費社会の都市戦略で、メディアや企業が、女性達へいかに「消費することで自己実現できる」と刷り込んでいったか、についても指摘した。

これまで評者には、岡崎の女性像は、前の時代の女性像のようにも思えていた。しかし、こうした指摘に心当たりのある自分は、今もなお岡崎が描いた消費社会の渦中の女性であることに気付かされる。むしろ、現在のほうがリアルに迫ってくる。

メディアが造成したイメージ・記号に日常が溢(あふ)れていく状況、そして、そこに生きる少女・女性達を、アイロニカルに、だけど決して批判的ではなく、相対的な眼差(まなざ)しで岡崎は描いていた。著者の読み解きは、作品に新たな見方を与えてくれた。

また、本書の目的は、それだけにとどまらない。80年代以降、少女マンガは、多様な方向に細分化したが、岡崎は、サブカル誌、青年誌など、ジャンルを問わず作品を発表した女性マンガ家の先駆けである。そんな彼女を「少女マンガの臨界」の作家に位置づけて論じたことは、今もなお十分に手がつけられていない80年代以降の少女マンガ研究に先鞭(せんべん)をつけた。その意味でも大変な成果だ。

(京都国際マンガミュージアム研究員 倉持佳代子)

[日本経済新聞朝刊2012年12月23日付]

岡崎京子論 少女マンガ・都市・メディア

著者:杉本 章吾.
出版:新曜社
価格:3,570円(税込み)

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