2019年6月25日(火)

日本小説技術史 渡部直己著 独自の小説観と文学史を体系化

2012/12/19付
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書名だけ見れば、図書館の奥に鎮座して研究者か好事家ばかりが手にとる本と思うかもしれない。だが本書は、かつて『それでも作家になりたい人のためのブックガイド』(共著)を6万部のベストセラーとし、以後今日に至る"小説の書き方本"流行(ばや)りを導いた著者の集大成である――そう続ければ、暗い書庫に一筋の陽光が落ちるように、蠱惑(こわく)の光に包まれた貴書と見えるだろうか。事実、それは、小説の書き手にも読み手にも"光の書"となりうる一冊なのだ。

(新潮社・3400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(新潮社・3400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

日本に小説なるジャンルが登場して百余年。本書はその前史『南総里見八犬伝』や最初のベストセラー『金色夜叉』に始まり、漱石・鴎外を経て谷崎や横光に至る20近い小説家と作品を対象に、彼らが"何を書いたか"でなく"どう書いたか"に着目する。飛行機好きの少年が図鑑を眺め飛行場に通い、ついには模型から設計図まで書き起こして"なぜ鋼鉄の翼が空を飛ぶか"に迫るがごとく、著者は小説の謎を追う。"登場人物はなぜ「まるで小説みたい」と口にするのか""「私は」と一人称で語ることと「彼は」と三人称で語ることの質的な違いは何か"……小説の書かれ方を巡る様々な問いを起点に、過去数世紀に内外の文学者が重ねてきた議論も繙(ひもと)きつつ、独自の小説観と文学(技術)史を体系化した本書は、読むに容易だと言えば嘘になるし、硬派な文体も相まって一見古めかしく感じられるかもしれない。だが"人生と小説は別物だ"というテーゼを全編で反復しつつ"困難さと不可分な点で両者は通底する"と結論づける本書とその著者にとり、本書自体もまた難渋でなければならなかったことは容易に理解できる。言わばそれは、小説を愛してやまぬ人生を小説と共に送るうち、自身の生と言葉が"まるで小説みたい"になってしまった一文学者の、異貌の自伝のようなものだからだ。

その意味で、そしてだからこそ本書は、読み手には自身の姿見として、書き手には頼もしい声援として、そして小説が失われた未来(そんなものはないと信じたいが)に於いては"小説がかくも愛されるものだったこと"の痕跡として、小説の光の傍らに月の如く置かれてほしい"光の書"なのである。

(批評家 市川真人)

[日本経済新聞朝刊2012年12月16日付]

日本小説技術史

著者:渡部 直己.
出版:新潮社
価格:3,570円(税込み)

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