2018年6月23日(土)

フランス組曲 イレーヌ・ネミロフスキー著 冷徹なリアリズムの豊かさ

2012/12/3付
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 2004年にフランスで出版された本書は、アウシュビッツで亡くなったユダヤ系女性作家の遺稿。連行直前まで命を賭けて書き綴(つづ)られた後、逃げのびる幼い娘に託されたトランクの中に眠っていたという。5部まで構想されていた「組曲」は、眼前で展開する歴史を織り込みながら2部まで書かれた。冷徹なリアリズムは、人間の心の深淵を描きもするが、繊細なディテールを掬(すく)い上げて甘やかさや、ときにユーモアまで漂わせもする。すべてを描き切ろうとする筆の力に圧倒される。

(野崎歓・平岡敦訳、白水社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(野崎歓・平岡敦訳、白水社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 1940年、ナチスドイツが侵攻してくると聞いて、パリの人々は、我先に南へと脱出を始めた。ブルジョワの一家、聖職者と矯正施設の子供たち、有名作家と愛人、銀行家、伯爵、そして市井の夫婦や労働者たち。爆撃の最中、道は渋滞し、物は略奪され、ホテルには人が溢(あふ)れかえり、パニックに陥った人々は極限状況の中で次第に本性を露(あら)わにしていく。約束は反故(ほご)にされ、ガソリンは盗まれ、弱者は置いてきぼりにされて、突発的な暴力は死すらもたらす。第1部のタイトルは「六月の嵐」。

 ノンストップサスペンスのような展開に息を呑(の)む第1部に比して静かに物語が進行する第2部は「ドルチェ」。嵐の大脱出の翌年、ドイツ軍が駐留する田舎町が舞台だ。

 占領者と被占領者の交わす視線には、憎悪や軽蔑だけではなくて、戦死や虜囚で夫や恋人を奪われている女たちと若いドイツ兵の危険でなまめかしい眼差(まなざ)しも交じる。「敵」が「人間」に見えた時に、人々が取る行動は一筋縄ではいかない。ドイツ軍への嫌悪感より階級的憎悪が勝って、農民をドイツ兵に密告する上流夫人もいる。そして捕虜になっている不実な夫を待つ若い人妻が、ドイツ将校の指先から奏でられるピアノの旋律に触れて恋に落ちてしまう瞬間!

 様々な階層、年齢、性別、気質、境遇の人々の群像劇なのに、驚異的に読みやすく、ページを繰る手が止まらない。収容所で若い命を散らしたネミロフスキーは間違いなく20世紀の巨星だったのだと思った。巻末の創作メモと書簡(渋谷豊訳)、スリリングな解説(野崎歓)も必読!

(作家 中島京子)

[日本経済新聞朝刊2012年12月2日付]

フランス組曲

著者:イレーヌ ネミロフスキー.
出版:白水社
価格:3,780円(税込み)

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