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2666 ロベルト・ボラーニョ著

めまいを誘う小説の魔術

この小説は難物である。その厚さ故ではない。不愉快極まりない内容を描くボラーニョの筆致の見事さ故だ。

(野谷文昭ほか訳、白水社・6600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

第1部は、ごく一部の人間しか姿を見たことがないという作家アルチンボルディに魅せられた男3人女1人の研究者たちの四角関係と、作家を追ってのメキシコへの旅が描かれる。アルチンボルディが向かったとされる米墨国境の下請け工業都市サンタテレサが、曰(いわ)く言い難い不吉さで現れる。第2部では、彼ら4人を出迎えた地元大学のチリ人教授の過去と現在が、神経の参りかけた教授の目を通して、眩暈(めまい)がしてくるほどの不穏さで描かれる。第3部では町で行われるボクシングの試合を取材に来たアフリカ系アメリカ人の記者の目から見たサンタテレサが描かれる。町では既に連続殺人が起こっており、その取材を命じられた女性記者は身の危険を感じている。

第4部が、この小説中の白眉であろう――約250ページにわたって暴行殺人後遺棄された死体の発見状況が延々と続く。問題の事件以外の殺人、収監された被疑者が刑務所で受ける暴行、警察の捜査と言うよりは非捜査、ジャーナリストの調査等を挟んで、サンタテレサに集約された南北格差、国内経済格差、貧困、麻薬産業、女性差別、男性もまた逃れることのできないマチスモの暴力性の構造が浮かび上がる。この部分の不快さは他に例を見ないくらいだ。有力者たちの「ソドム百二十日」顔負けの饗宴(きょうえん)の暗示が、いっそ救いに感じられるくらいである。第5部では問題の作家アルチンボルディの生い立ちと東部戦線経験、作家としての経歴が語られる。収監された甥(おい)を追ってサンタテレサに向かうところで、小説は終わる。

信じ難いのは、曖昧な暗示やモチーフの繰り返し以外明示的な構造を持たないゆるい構成によってより強調されるこの世のどうしようもない汚辱を、実際に眩暈と吐き気を覚えながらも最後まで読み抜かせてしまうボラーニョの筆だ。とことん不愉快なものを不愉快なままに、それでも読ませてしまう魔術を味わいたい、という方には大いにお勧めできる。

(作家 佐藤亜紀)

[日本経済新聞朝刊2012年11月18日付]

2666

著者:ロベルト ボラーニョ.
出版:白水社
価格:6,930円(税込み)

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