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あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか レイチェル・ハーツ著

背景のメカニズムを浮き彫りに

いきなりだが、あなたは苦手な上司と歯ブラシを共有することができますか?

そのシーンを想像して、思わず顔をしかめた人もいるだろう。本書には、このように我々に嫌悪感を抱かせるような事例、場面、映画などの作品が次から次へと出てくる。読者が「そうそう、あるある」とうなずいている間に、著者はそのひとつひとつのメカニズムを専門の心理学を使いながら解明しようとする。そして、次第に説明しがたい嫌悪感の背景に共通してあるのは、根源的な死の恐怖とそれにもとづく「死の問題を遠ざけていたい」という姿勢であることが浮き彫りにされていくのだ。

この結論はとてもシンプルだが、たしかに納得はできる。たとえば最初の歯ブラシの例なら、その共有は「不潔、感染、病気」といった死に接近するイメージとつながり、それが「自分を滅ぼそうとする嫌な上司」と重なったとき強い嫌悪感が生じる。一方、その相手が美女であればそれは「恋愛の始まり、生殖」といった死から遠ざかるイメージを抱かせ、その結果、嫌悪感は生じない。

しかし、人間はより複雑な存在であることを著者も認めている。死や破壊そのものをテーマにしたホラー映画が、なぜ我々をひきつけるのか。そこには「刺激を求める気持ち」と「死の謎の魅力」があると著者は考える。スクリーン上の死を直視し、その魅力や謎に触れることで逆に現実の恐怖が薄れる。それを知っているからこそ、私たちは「死を把握したい」という願望にとりつかれ、グロテスクな映像や残虐な暴力シーンに釘(くぎ)付けになるのだとされる。

ホラー映画好きにしてフロイトの「死の欲望(タナトス)」の概念にひかれる評者としては、人が嫌悪感を抱きながらもその対象にひかれる裏にはもっと複雑な心理が絡んでいるようにも思うが、いずれにしても本書は誰もが避けては通れない嫌悪感という問題を考えるきっかけをくれることは確かだ。嫌悪感について知ることは、人間について、自分について知ること。目をそらさずに読んで、考えてみてほしい。

(精神科医 香山リカ)

[日本経済新聞朝刊2012年11月18日付]

あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか

著者:レイチェル・ハーツ.
出版:原書房
価格:2,520円(税込み)

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