共産主義の興亡 アーチー・ブラウン著 バランス感覚と独自の観点で叙述

2012/10/29付
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ソ連解体後、社会主義や共産主義への関心は地に落ちたが、最近、この「忘れられたテーマ」を見直そうという気運が一部で感じられる。本書の刊行もそのあらわれかもしれない。もっとも、本書の狙いが「敗者の復権」にあるわけではない。著者は「社会主義」と「共産主義」を区別して、「共産主義」は「社会主義」を代表するものではないという観点に立っているが、この観点は少なくともヨーロッパでは珍しいものではない。

(下斗米伸夫監訳、中央公論新社・8500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(下斗米伸夫監訳、中央公論新社・8500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書の対象は、時間軸ではマルクス以前の思想的源流から始まって21世紀の今日にまで及び、空間軸では、ソ連・東欧諸国・中国はもちろん、キューバ・ベトナム・北朝鮮・アフガニスタン、そして共産党が政権につかなかった諸国の共産主義運動まで包括している。その叙述は是々非々主義的なバランス感覚とイギリス流のコモン・センス(常識)に貫かれている。「バランス」とか「常識」というと、無難で刺激に乏しいものという印象を与えかねないが、毒々しいセンセーショナリズムが横行しがちなテーマであるだけに、解毒剤的な意味をもつ。

本書は特定主題を掘り下げた個別研究ではなく概説的な書物だが、だからといってオリジナリティに欠けるわけではなく、独自な観点が随所に見られる。中でも注目に値するのは、ソ連という国は1991年まで存続していたが、ソ連が共産主義体制でなくなったのは、それより早い89年だったという指摘である。これは論争的な主張だが、「共産主義体制の終わり」と「ソ連国家の消滅」を一緒くたにしがちな風潮に対して反省を迫る問題提起である。

本書は一般読者向けの啓蒙書にしてはあまりにも大部だが、文章は比較的分かりやすいし、個々の章を取りだして読んでもそれなりに理解できるように書かれているから、本書の厚さにおそれをなす読者は、まず自分の関心を引く章から取りかかり、それから関連する章に進むという読み方も許されるだろう。「20世紀の妖怪」ともいうべきテーマについて、感情論を排して静かに考え直そうとする読者にとって、豊富な思考の素材を提供する書物である。

(東京大学教授 塩川伸明)

[日本経済新聞朝刊2012年10月28日付]

共産主義の興亡

著者:アーチー・ブラウン.
出版:中央公論新社
価格:8,925円(税込み)

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