2019年6月25日(火)

もの忘れと記憶の記号論 有馬道子著 社会性の獲得と自然性への回帰

2012/9/19付
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もの忘れをして困ったことのない人はいないだろう。記憶というものがいかに大事かを痛感する瞬間だ。本書はそうした記憶ともの忘れの関係を記号論という学問を用いて考察する。

(岩波書店・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(岩波書店・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

ある何かが他の何かの「しるし」として解釈されるとき、それは記号と呼ばれる。たとえば赤信号は横断禁止を意味する記号である。紅葉を見て秋の訪れを感じるとき、紅葉は秋の訪れを意味する記号になる。このように世界を記号に満ちた場所として見つめ直すのが記号論だ。

記号の代表格は我々の言語である。人間は言語を用いて高度な記号解釈を行うが、それを身につける過程には三つの段階がある。最初に快不快の感情を表現する段階、次に周囲の事物に注意を向ける段階、最後に他者と関心を共有するための抽象概念を獲得する段階である。最初は泣いてばかりだった赤ん坊が、次第に周囲に関心を向けるようになり、最後には大人と意思疎通を行うまでに成長する過程を想起すればよい。動物と同じような自然的存在として生まれる人間は、言語を身につけることで社会的存在になるのである。

では、それがもの忘れにどう関係するのか。本書が指摘するのは、我々は加齢とともに、まさに歩んできた道を引き返すかのように記憶を手放していくという事実である。最後に獲得した固有名詞や抽象概念が最初に失われ、次に周囲への関心が失われる。しかし最初に獲得した快不快や喜怒哀楽の感情表現は最後まで失われずに残る。「幼少時代は覚えているが昨日のことは思い出せない」という事態が起こるのはこのためだ。

自然的存在から社会的存在へと成長した人間は、老化とともに再び自然的存在へと還(かえ)っていく。これは確かに退行だが、必ずしも悪いことばかりとも限らない。それは社会的な束縛から逃れ、幼少時にあったような自由を取り戻すことでもあるからだ。

本書では、そのような人間の社会性と自然性の結びつきが、多様なもの忘れの事例を通じて見事に活写されている。加齢や認知症の問題に向き合う読者に益するだけでなく、記号論への入門としても優れた好著だ。

(フリーライター 吉川浩満)

[日本経済新聞朝刊2012年9月16日付]

もの忘れと記憶の記号論

著者:有馬 道子.
出版:岩波書店
価格:2,625円(税込み)

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