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語学教室が活況 誰が通っているの?

 「語学教室に通い始めたんだけど、受講生が増えているらしいわ。なぜかしら」。事務所を訪れた主婦の質問に探偵、深津明日香が身を乗り出した。「私も通いたいと思っていたんです」。メモ帳を手に事務所を飛び出した。

シニア、定年後も国際派

「昨年後半から受講生が増えてきました」。語学教室のベルリッツ・ジャパン本社(東京都港区)を訪ねると、新宿ユニット・マネージャーの吉原身起也さん(55)が説明した。売り上げの約4割は法人契約で、20~30歳代の受講者が多い。2008年のリーマン・ショックで法人需要は落ち込んだが、10年後半に復調。東日本大震災直後は再び低迷したが立ち直りは早かった。「製造業、小売り・サービス業など幅広い業種で海外事業を拡大する企業が増え、社員の語学力を高めようとしています。中堅・中小企業も熱心です」

ECC外語学院を運営するECCの法人渉外部門マネジャーの門勝視さん(40)は「英語能力テスト『TOEIC』の点数を何とかあげたい受講者が増えていますが、高得点だけでは不十分。企業は海外で営業やプレゼンテーションができる能力を求めています」と熱気を感じ取っている。

語学ビジネスの市場調査を実施している矢野経済研究所(東京都中野区)に問い合わせると、研究員の福岡美佳さん(35)も「ビジネス目的の利用が拡大しています」とほぼ同じ見方をする。語学ビジネスの市場規模は留学あっせんなど周辺事業も含め12年度は前年度比2.7%増の7897億円を見込む。3年連続で拡大する見通し。「英語や中国語などを使って働く人はさらに増えるでしょう」

語学教室が活気づいてきたもう一つの理由は小・中・高校生や幼児などが利用しているため。同研究所によると11年度の中学生以下の語学教室の市場規模は1200億円を上回った。

学習指導要領の改訂で授業の水準が上がったのに刺激され、世界で通用する語学力を身につけようという子どもたちが増えている。

「企業の若手社員や、将来、海外で活躍したい子どもたちが外国語を勉強しているようです」と報告すると「自分の目で確かめてきなさい」と所長。明日香は、日中に開講している語学教室のレッスンに体験入学をさせてもらった。

明日香は驚いた。生徒は60歳以上に見える人たち。英語教師の話に熱心に耳を傾け、ときに鋭い質問を投げかけている。授業後、1人に声をかけてみた。

木村正さん(64)は定年前後に英語と仏語の通訳ガイドの資格をとった。ホンダに36年間勤務し、海外営業を担当。仏、豪州、パキスタンに計18年間駐在した。定年退職後「学生のころから興味があった通訳の仕事をしているので、語学力に磨きをかけています」。木村さんは欧州復興開発銀行のシニアー・インダストリアル・アドバイザーという肩書も持つ。アジアの中小企業の指南役で、要請に応じてカザフスタンなどを訪れ、ホンダ流経営手法を根付かせている。

子ども、海外で活躍したい

「シニア層の受講生はどれくらいいるのかしら」。ECC外語学院に質問すると、60歳以上のシニア層は個人受講生のまだ1割程度だが、割合は上昇傾向。ベルリッツでは50歳以上対象の教室数が前年度に比べ2割増えた。退職年齢を迎えた団塊世代などが活気づかせている。「夜間は若手社員らが目立ちますが、日中はシニア層中心の教室も増えています。定年後の趣味ではなく、国際社会の最前線で活躍し続けるために受講するとの声をよく聞きます」とECC外語学院・関東管区運営センター管区長の鈴木淑尋さん(53)。

グローバルパートナーズ留学サポートセンター(東京都新宿区)でも、シニア層の存在感が増していた。中国担当の木村杏奈さん(31)は「1カ月単位で繰り返し留学したり、長期間留学したりするなど、積極的な方が多いです」とパワーを実感している。「実力があるシニア層には若年層と一緒に学ぶ通常コースを勧めています」と欧米担当の服部智恵子さん(56)。

「仕事に必要なスキルと能力があれば年齢は関係ありません」と語るのは、シニア層を対象に人材紹介を手がけるジーニアス(東京都千代田区)社長の三上俊輔さん(29)。三上さんの仲介で、工場の工程改善に取り組む韓国メーカーと顧問契約を結んだ60代男性は、韓国と日本を行き来する。三上さんは「シニア層は人口が多いだけにグローバルに活躍できる人材の層が厚いのです」と期待する。

松下電工(現パナソニック)出身の米沢和芳さん(61)はデザインの専門家で、2度のドイツ駐在経験があり、長いひげをそろえる「ひげ取り器」をヒットさせた。「私たちは企業の国際展開を初期から支えてきた世代。様々なノウハウを若い人たちに伝えたい」と意欲をみせる。美容機器メーカーの顧問として中国・アジア市場の開拓を支援している。

グローバル化と同様に世の中を大きく変えるIT(情報技術)化にもシニア層は積極的に対応している。「ITを駆使して生活を楽しんでいる方が多いですよ」と指摘するのは、ウエブ・マーケティングを展開するIMJ(東京都目黒区)の嶋田優子さん(27)。

嶋田さんが注目したのはシニア層の人口の多さ。60代のインターネット利用率は10年末で64.2%と20代(97.4%)、30代(95.1%)などを下回るが、利用率と世代人口をかけた利用人口でみると、若年層との差はそれほど大きくない。「世の中の最先端の動きに敏感なシニア層が増えています。マーケティングの面でも目が離せません」

報告後、「うちも海外で仕事を始めるか」と所長。そこで明日香が一言。「その前に語学教室でレベルチェックをしてください」

<今の70歳、昔の49歳? シニアが社会支える時代>

働く意欲と能力があるシニア層の雇用延長が課題だ

「人生90年時代」を前提に社会の仕組みを変えよう――。政府は7日、高齢者対策の基本方針を盛り込んだ「高齢社会対策大綱」を11年ぶりに改めた。旧来の大綱では65歳以上は「社会に支えられる」世代。働く意欲と能力があるシニア層の雇用延長が政策課題になっている。

シニア層の金融資産の有効活用を研究する慶応大学教授の池尾和人さん(59)は「元気なシニア層=7割実年齢説」を唱える。この説によれば、70歳でも元気な人は、その7割の49歳の若さと気力を保っているという。

しかし、元気なシニア層の受け皿となるべき日本企業の動きは鈍い。総務省によると、2011年の60~64歳の就業率は約57%、65歳以上は約19%。ここ数年は横ばいだ。

住友電気工業出身で元大阪大学特任教授の山本進さん(65)は電線の技術・製品開発の専門家。ドイツや中国などを頻繁に訪れ、共同開発にも取り組む。「技術や製造ノウハウなどを持つシニア層には海外企業が盛んに声をかけてきます」という。シニア層活用は、日本の財政や社会保障のみならず、国際競争力の面でも待ったなしといえそうだ。

(編集委員 前田裕之)

[日経プラスワン2012年9月8日付]

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