浄瑠璃を読もう 橋本治著 自由に躍動する近世人の知

2012/9/5付
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橋本治ファンにとっては、待望の一冊である。近年、三島由紀夫や小林秀雄といった、いわば一般世間様向きのテーマでその過激な知性を発揮していた著者が、ホームグラウンドに帰って来た。そして、浄瑠璃という、今やほとんど読まれなくなったテキストに、現在にまで至る日本人の心を見いだしている。

(新潮社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(新潮社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

浄瑠璃は江戸時代の町人が作ったものだから、今とは作者の意識が明らかに違う。まず、幕府やその上に位置する天皇は動かせない。町人は支配層である武士になることはできない。これだけの条件をクリアしたところから、近世人の知が、驚くほど自由に躍動している。ということが本書で明らかになる。

たとえば『仮名手本忠臣蔵』は武士の物語である敵討ちに、参加できないとわかっている町人が、それでも参加したい、とまるで現代のカップルのようなお軽勘平を登場させ、カッコいい永遠のヒーローである大星由良助とは、全く無関係に悲劇を演じさせてしまった。と言われれば、作者たちの大胆かつしたたかな、もうひとつの世界の構築力に舌を巻く。

『義経千本桜』とは、義経すなわち満開の桜なのだ、という発見も凄(すご)い。むしろ主役は、知盛・維盛・教経という、死んだはずの平家の武将たちでそこに爛漫(らんまん)と咲いているのが義経なのである。しかもこれは「反戦ドラマ」であり、「専守防衛で交戦権を放棄する憲法九条を持つ日本人のメンタリティ」は既に出来上がっていたと著者は喝破する。

『菅原伝授手習鑑』の分析ではわが子を身替わりにして菅丞相(しょうじょう)(道真)の若君を助ける、松王丸の真の悲劇が浮き彫りになる。絶対善の人、菅丞相に恩を受けながら、敵方の藤原時平に仕えている松王丸は、善の「全体主義」に与(くみ)しない個人として攻撃され、わが子を犠牲にせざるを得なくなる。

この読みには敬服するが、その場面を描いた「寺子屋」が、著者の言うとおり名作であるかどうかには、なお議論の余地があろう。

そして、動かせない体制という天井をいただいた江戸の知が、果たして最善であったかどうかも。

(歌人 水原紫苑)

[日本経済新聞朝刊2012年9月2日付]

浄瑠璃を読もう

著者:橋本 治.
出版:新潮社
価格:2,100円(税込み)

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