2019年9月18日(水)

素晴らしき数学世界 アレックス・ベロス著 技術や遊びとの関わりを解く

2012/8/8付
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本書は、純粋数学の本ではなく、言うならば、「技術数学」、「遊び数学」の本である。現代数学はひどく抽象的で一般人にはちんぷんかんぷんな存在になってしまっているが、数学は、もともとは、技術的な必要や、数とか図形とかでの遊びから発生した。本書は、そういう数学の起源、数学と人間との関わりを、丹念な実地取材によって解き明かしていく面白い試みの本である。取り上げている素材も、折り紙、そろばんのフラッシュ暗算、魔方陣、ルービックキューブ、インド式計算といった数学の「周辺物」となっている。こういう分野では日本人も大活躍しており、チンパンジーの数認識を発見した松沢哲郎氏や数独の発案者である鍛治真起氏など、数人が取り上げられているのが嬉(うれ)しい。

(田沢恭子ほか訳、早川書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(田沢恭子ほか訳、早川書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書は、平凡な邦題に反して、数学ライターである評者も知らないネタが満載であり、数学本を乱読した読者にも十分な満足が得られると思う。執拗なリサーチ力と博識ぶりには舌を巻く。また、比較的最近の逸話が多いのも特徴だ。例えば、iPodの話題が2回出てくる。1度目は、このデザインに黄金比を見つけようとする男の話。2度目は、シャッフル機能が特定のアーティストをひいきしている、というクレームが使用者からくるため、ジョブズが、ランダム性をむしろ抑える工夫をした、という言い訳をした逸話である。

数学は今や、あまりに抽象的で日常とかけ離れているように見える。研究者さえ、ほとんど現実性を感じていないのではないか。しかし、本書を読むと、数学がどんな現実から芽を出し育っていくかが実感できる。人間の持つ遊び心と工夫精神が、生々しい実際の問題を数学的な素材に昇華させ、それをいじくりまわす過程で高度に抽象化させるのである。だから、どんな人にも、良い関係を保てる数学の段階というのがあるはずだ。本書で、そういう数学での自分の「居場所」を見つけ出すことをお勧めしたい。本書では触れられていないが、評者にとって数学の興味深いもう一つの面は、そういう風に極限まで抽象化した数学が、素粒子などの研究に応用され、現実世界にもう一度回帰することである。この数学の生命力はいったいどこから来るのだろうか。

(帝京大学教授 小島寛之)

[日本経済新聞朝刊2012年8月5日付]

素晴らしき数学世界

著者:アレックス・ベロス.
出版:早川書房
価格:2,940円(税込み)

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