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気象を操作したいと願った人間の歴史 ジェイムズ・ロジャー・フレミング著

科学者らの試みを批判的に検証

「干天の慈雨」という言葉があるように、旱魃(かんばつ)に苦しむ農民にとって、降雨の有無は飢饉(ききん)につながる死活問題であった。それゆえ古代から「雨乞い」は為政者にとって重要な儀式であり、その後も人間は人工降雨技術の開発に飽くなき挑戦を続けてきた。

本書は、天候を人為的に操作しようという夢を追った科学者、軍人、ペテン師、詐欺師らの試みを歴史的・批判的に検証した一書である。事例は神話、文学、SFをはじめ報道記事から科学論文まで驚くべき博捜をもって集められており、さながら科学的夢想の万華鏡の趣を呈する。ただし著者は、それらの多くが「行き過ぎ、うぬぼれ、自己欺瞞(ぎまん)の悲喜劇なのだ」と釘(くぎ)を刺すことを忘れない。

ナポレオンのロシア侵攻が「冬将軍」に敗れ去ったように、気象と軍事との関係は根深い。ノーベル賞化学者のラングミュアは、1950年に気象制御は「原爆に勝るとも劣らない強力な兵器になりうる」と述べていた。実際、ヴェトナム戦争ではアメリカ軍がジャングルの上空で雲の種まき作戦を実施し、「約五年間に五万発近い降雨弾を消費した」というから驚く。しかも、77年に34カ国が調印した「環境改変兵器禁止条約」は抜け穴が多く、ほとんど実効性をもたないという。

現代では、地球温暖化防止策としてさまざまな「地球工学」が提唱されている。たとえば、熱帯の海の上空に反射性粒子を撒(ま)いて地球の太陽光反射率を上昇させる、といったアイデアである。だが、科学者たちは海洋生物への悪影響はおろか「そうした計画に現地の住民が賛同するか、たずねることも思いつかなかった」という。まさに倫理観の欠如、公共政策への無知を非難されても仕方がない。地球工学の暴走は、地球温暖化にも増して危険なのである。

そこで著者は荒唐無稽な気候制御計画に警告を発し、二酸化炭素の排出削減をはじめとする「中道的解決策」を支持する。私たちは「自然の複雑さ(と人間の性質)を前にして、十分な謙虚さと、畏怖さえ培う」必要があり、制御すべきは気候ではなく、むしろ科学技術の傲慢さなのである。

(東北大学教授 野家啓一)

[日本経済新聞朝刊2012年7月29日付]

気象を操作したいと願った人間の歴史

著者:ジェイムズ・ロジャー・フレミング.
出版:紀伊國屋書店
価格:3,360円(税込み)

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