「人がいないの」 被災地、挑む夏(4)

2012/7/26付
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早朝、競り落とされたばかりの銀ザケが約20個のカゴの中で光った。11日、宮城県南三陸町の志津川漁港に面した水産加工会社ヤマウチの加工場。ボランティア活動に参加した記者は、うろこを取り除く作業に取り組んだ。

ミズダコの加工処理を手伝うボランティアの女性(宮城県南三陸町)

貸与された長袖・長ズボンのかっぱを羽織り、立ったまま、金属のブラシで魚の表面をひたすらこする。シャツはすぐに汗でぐっしょり。2時間で40匹を処理すると握力がなくなった。一緒に働いたのは20~30代の男性5人。大阪や名古屋などからやって来た元会社員や大学生らだ。近くで借りた一軒家で共同生活しており「もう1年滞在している」という人もいる。

サケは高台の工場で塩焼きの切り身にして出荷される。「本当に助かる。社員になってほしいくらいよ」。女性従業員が声を掛けた。「人がいないの」

津波で流された加工場を建て直し、6月に以前の生産能力を回復した。だが従業員は30人と3分の2に。社長の山内正文(63)は「ハローワークに求人を出しても、この半年間全く反応がない」とこぼす。若者の流出が震災後に加速したうえ、きつい仕事は人気薄。ミズダコ加工が始まった今月からボランティアの手を借りる。「いつまでも頼れないことはわかっている。でも今はとにかくありがたい」

各市町村のボランティアセンターを通じて被災3県で活動した人は、昨年5月のピークには約17万1900人だったが徐々に減り、今年6月は10%以下の約1万6800人。山内の要請に応じた南三陸の派遣団体に集まる数も1日20人程度と昨年の半分以下だ。現地リーダーの節田直紀(35)は「がれき処理など力仕事は減ったが、地元産業の支援にはまだまだ人が必要」と夏休みの動員に注力する。

同じころ、同県石巻市の牡鹿半島では弁当店の内装作業を手伝うボランティアの姿があった。船を流されるなどした漁師の妻7人が近く開店する。ボランティアを動員したのは被災地支援のために設立された一般社団法人「つむぎや」。理事の多田知弥(26)は昨年から妻らに、漁網を補修する丈夫な糸を材料にしたミサンガの製作を助言。自ら販路を開拓し、首都圏などで2千本を売った。

店は当面、近くの市場から安く仕入れた魚介類を使った弁当を作り、売り出す。「被災者の自立を支える裏方になる」と多田。全国から集まる善意が被災地を支える。

(敬称略)

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