2019年9月19日(木)

いじめ隠蔽する教育委員会なら要らない

2012/7/22付
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同級生から悪質ないじめを受けていた大津市の中学2年男子生徒が自殺した問題をめぐり、市教育委員会のずさんな対応が強い社会的批判を浴びている。

責任逃れや保身、なれ合い、都合の悪い事実の隠蔽など、かねて指摘されてきた教育委員会という組織の閉鎖的な体質があらためて露呈したといえる。教委のあり方自体を問い直す必要があろう。

男子が自殺したのは昨年10月だ。学校は全校生徒にアンケート調査を実施し「男子は自殺の練習をさせられていた」といった回答を得て市教委に報告した。ところが市教委は調査を早々に打ち切り、いじめと自殺との因果関係は判断できないと説明。アンケート内容も明らかにしてこなかった。

それが今月になって、遺族が市などを相手に起こした裁判の過程で全容が判明した。さらに、2回目のアンケートが実施されていたことも明るみに出た。

教育長らは記者会見などで釈明を繰り返しているが、責任感の欠如や認識の甘さはあきれるばかりだ。訴訟に対しても、市長がいじめと自殺の因果関係を認めて和解の意向を示しているのに、教委側は歩調を合わせていない。

こうした態度の根っこには、教育委員会という組織が一般行政から独立し、地域の学校ともども「教育のプロ」で固められているという特殊性がある。「教育ギルド」と指摘されるほど排他性が強い。

そもそも教育委員会制度には、素人を委員に起用する「レイマン・コントロール」のもとで、教育の政治的中立を保つという理念があった。しかし実際には教育委員は形だけの存在であることが多く、実務は教育長をトップとする事務局が担っている。

大津市の問題は、レイマン・コントロールがほとんど機能せず、首長部局からも離れて独善的にふるまう教委の実像をあらためて浮かび上がらせている。

教育委員会制度をめぐっては、2009年に政府の地方分権推進委員会が全国一律の設置義務の見直しを勧告するなど、その存在自体を問う声が少なくない。委員が本来の役割を果たせるような仕組みを求める声も強い。

今回のような問題を起こす教委なら、もはや教育にとって害のほうが大きい。文部科学省は副大臣を現地に派遣するなど異例の態勢で臨んでいるが、本当に必要なのは制度の抜本改革である。

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