ブルックリン・フォリーズ ポール・オースター著 多彩な人物たちの生のきらめき

2012/7/23付
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オースターが脚本を書いた映画「スモーク」や「ブルー・イン・ザ・フェイス」が好きな人なら、本作中にハーヴェイ・カイテルが演じた煙草屋のオーギー・レンを探してしまいそう。作家自らが暮らすニューヨーク、ブルックリンを舞台にした小説だ。語り手は肺ガン治療を経て後を余命と考えている、バツ一の六十近い元保険外交員、ネイサン。尾羽打ち枯らして舞い戻った生誕の地ブルックリンに居を定めるや、次から次へと一癖ありげな人物たちと知り合うことになり、思わず知らず生の煌(きら)めきへと引き戻される。

(柴田元幸訳、新潮社・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(柴田元幸訳、新潮社・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

その登場人物たちの濃いことといったら。前途洋々たる研究者の卵だったのに挫折して太った中年古書店員に成り果てた甥(おい)っ子のトム、トムの雇い主のゲイで前科持ちハリー・ブライトマン、その恋人の女装芸人ティーナ・ホット、キャロライナキャロライナという地図にない場所から長距離バスで一人旅してきた沈黙少女ルーシー、ネイサンの行きつけダイナーのセクシーなウェイトレス・マリーナ、数え上げるだけで字数がつきそうな勢いだ。こうした群像が織りなす悲喜こもごもの愚行(フォリーズ)が巧みに語られ、お話し上手のおじさんに冒険物語を聞かせてもらっている気分に包まれる。息を呑(の)む展開、意表を突くどんでん返し、この小さな街にこれほどの事件がひしめいているのかと驚愕(きょうがく)しつつ読み進み、いつのまにか語り手が「わが」とか「われらの」と呼ぶ街や人や物を共有している気持ちになってしまう。

オースターといえば、カフカやベケットの影響を受けたポストモダン作家という印象もあるけれど、本作は著者が書いた中で最も「ユルい」「楽天的な」「喜劇的要素が強い作品」と解説にある。難しいことは抜きにして(もちろん難しいことを考えたい人は考えながら)語りの愉楽に身を任せたい。

実は物語には悲劇的要素も多く、人の世に確かに存在する残酷さを暴きもする。思わぬ痛みを味わわされもする。けれど全体を貫く生への讃歌(さんか)が、読んでいるとひたひたと心に沁(し)みてくる。普段着で友達と一杯ひっかけ語りたくなる、そんな読後感を持つ一冊だった。

(作家 中島京子)

[日本経済新聞朝刊2012年7月22日付]

ブルックリン・フォリーズ

著者:ポール オースター.
出版:新潮社
価格:2,415円(税込み)

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